『夫婦生活』篇

《第六回》悪書追放運動
による、あまりに惜しい
廃刊宣言

昭和三十年四月二十八日、警視庁は戦後最大のエロ本取締りを断行した。片桐保安課長総指揮の下、各署の保安係約五万人を動員、エロ本の発行所五ヶ所、取次所三十九ヶ所を捜索。その日の夕方までに都内だけで三十七種、一万三千三百九十二部(トラック二台分)を押収した。刑法百七十五条のワイセツ図画販売の現行犯で逮捕された出版元の責任者は五人。
その日の様子を『サンデー毎日』が次のように伝えている。
〈朝十時半ころ、東京の浅草から、御徒町、神田一帯にかけてのゾッキ本屋街は異様に緊張した空気に包まれていた。ものものしく、トラックで乗りつける制服、私服の警官、アッケにとられて見守る店員たち(以下略)。
『幸福生活』『紅夢境』『犯罪秘話』『美人劇場』『実話ロマンス』『風俗読本』『艶情講談』……いわゆるエロ雑誌があっという間に押収されてしまった。
やがて棚の上から、おびただしい紙型や、生々しい挿絵、ヌード写真などの原版が次々とひっぱり出されてきた。(中略)紙型は約一万枚、よくよく見ると、その全部が全部、すでに廃刊になったエロ雑誌の紙型ばかり。大半は二、三年前のものだが、中には八年前という代物もある。よほど何回も酷使されたと見えて、ボロボロにすり切れている。〉
ボロボロにすり切れるまでお役に立てば紙型としても本望だろう。
戦後のエロ雑誌ブームについては前回書いたが、二十年代後半になるとさしものブームも翳りを見せてくる。時を同じくして、当局の取締りも厳しさを増していく。
昭和二十九年度の少年犯罪が警視庁管内で、前年の約三倍、四百五十七件に達したというからそのへんも影響しているのかもしれない。
『夫婦生活』の部数も二十五年新年号の三十五万部をピークとして徐々に減っていった。

 二十五年 二十二万部から二十七万部
 二十六年 約二十万部
 二十七年 約十八万部
 二十八年 約十七万部
 二十九年 約十五万部

十五万部なら立派な数字だが、ピーク時はヒトケタだった返品率が急激に増えたのが痛手だった。多い時で十二、三%になったという。
余談だが雑誌を販売面から見る時、メルクマールとなるのは部数と返品率である。百万部刷って八十万部売れれば返品率二十%、週刊誌の場合でいうと、返品率が二十%を切れば合格点とされる。
ぼくが編集長を務めていた時代、『週刊文春』の返品率はほとんどの号が二十%を切っていた。「編集部員も思わず泣いた『一杯のかけそば』全文一挙掲載」(89年5月8日号)、「山崎浩子統一協会脱会手記」(93年5月6日・13日合併号)などは二、三%。部数には贈呈分や送本中の破損分なども含まれるから、ほとんど完売と言っていい。

話を『夫婦生活』に戻すと、返品率十二、三%なら通常の雑誌設計からいえば何も問題ないはずなのだ。
『夫婦生活』が廃刊に踏み切ったのはもっと別な理由だった。警視庁の取締り強化と呼応するように、この頃から世論が後押しして、悪書追放運動が始まったのである。
「いくら飯のタネとはいえ、自分が編集している雑誌が青少年に悪影響を与えるとか悪書とか言われると、やはりいい気持ちはしませんでした」
編集長を務めた仲木都富さんの述懐である。
『夫婦生活』の表紙にいつの頃からか「未成年者の購読は固くお断りします」の文句が入るようになっていた。
そして、昭和三十年四月、『夫婦生活』は次号での休刊を予告、五月発行の六月号で終刊を宣言した。
巻頭には堂々たる「終刊の辞」が掲載されている。やや長くなるが、編集者の心情がよく伝わってくるので全文引用する。
〈本誌『夫婦生活』が創刊されたのは昭和二十四年五月であるから、本号で丁度満六周年に当る。国家社会の単位が家庭にあり、家庭の基本が夫婦生活にあることは今更いうまでもないが、夫婦生活を理想的に営むことが如何に困難であるかは、日々の新聞紙上に著名人の破婚やトラブルが屡々報ぜられる事によつても明らかである。
そして、夫婦生活の破綻の大半が、表面的理由は色々あつても、実は性生活に起因する場合が非常に多いのであつて、家庭裁判所における事例がこれを裏書きしている。したがつて、性的無知を啓蒙し、正しい性知識の普及を図ることは、世の夫婦生活の不幸や悲劇を救うために是非とも必要なことであつて、本誌刊行の目的もここにあつたのである。
一方、わが国の人口増加率は憂慮すべきものがあり、産調思想の普及は一日もゆるがせにし得ないものがある。六年間に亘る本誌発行が、多少ともこうした問題解決に寄与貢献をなし得た事は、顧みていささか喜びとするところである。
ただここに問題は、一般市販の雑誌が性問題を扱う場合、必然的に青少年に悪影響を及ぼすかどうかということである。青少年に全く無害な方法によつて一般既婚者に性的啓発を行うことは不可能に近く、あらゆる努力にも拘らず、われわれは現段階においてこの矛盾を解決することが出来なかつた。廃刊を決意するに至つた理由である。
六年間を通じて、最高潮時には発行部数三十万を超え、昨年四月を除いては唯一回の故障もなく刊行を続けてきたことは、一つには愛読者諸賢の御支援と、一つには執筆に当つて幾多の苦心を重ねて下さつた諸先生の御配慮の賜ものであつたといえよう。だが、夫婦生活の向上と青少年の問題との連関は、今後に残された課題である。前号に本誌廃刊を公表したところ、全国の愛読者から夥しい数の哀惜と続刊希望の書面が殺到した。長い間、本誌に寄せられた愛読者諸兄姉の筆舌に尽し難い御厚情に対しては、唯々感謝感激のほかはない。終りにのぞんで、各位の御多幸を祈るとともに、ここに、謹んでお礼を申述べて廃刊の御挨拶にかえる次第である。〉
人口増加率を憂慮しているあたりは少子化の現在と較べ、隔世の風がある。

巻末にはお馴染みの執筆者たち二十一人がメッセージを寄せている。

金子栄寿慶応大学医学部助教授。
「世の中はとかくうるさいもので、この雑誌に拙文を載せたことに対する風当りは生易しいものではなかった。評論家室伏高信氏は『あの恥知らずの医学者たちが、夫婦生活に名をかりて人間の醜悪をさらけ出し……』と述べて医師会員として除名すべきとの投書も来たそうである。この雑誌の中に売らんかなの、どうかと思われる記事のあったことは認めるが、少なくとも自分の記述に関する限りは断じて恥じるところはない」

神近市子衆議院議員。
「とにかく儲っている仕事をその事業者が途中でやめるというその勇気には感服した。営利のための出版の多い今日、これは今後、日本出版界によき警鐘となるであろう」
社会党の闘士として売防法成立、女性解放の先頭に立って活動した人の意外な言葉で、編集者としても面映ゆかったのではなかろうか。

太田典礼医学博士。
「『夫婦生活』の出現は、戦後の殺伐たる生活にユーモアとうるおいを与え、封建的な性概念を打破するのに大変、役立った――」
以って瞑すべしだろう。
終刊号の目次を見ると、普段の号にも増して充実している。
「倦怠期克服 夫と妻の愛の演出実地指導大全科」
「一読トタンにハッキリ! オドロキ! 読まねば損の貴重記事 夫と妻の最新強力若返り医学」
「近頃流行男女年齢差アンバラの生態を解剖 年齢差と夫婦生活」
「恐妻家対愛妻家の舌端火を吐くオノロケ合戦座談会」出席者は玉川一郎、石黒敬七、北村透馬、福田蘭童。
それぞれ読み応え十分で、雑誌のパワーと編集者の力を感じさせる。
どんな事情があったにせよ、終刊は余りに惜しまれる。(了)
(文中敬称略・以下次号)

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