
『夫婦生活』篇
《第三回》六年続いた『夫婦生活』の
キーワードは「四十八手」にあり
『夫婦生活』がどんな雑誌だったか。もう少しバックナンバーを見ていこう。
『夫婦生活』の売りもののひとつが、読者の手記だったことは前に書いたが、もうひとつ読者からの質問に答えるという形のコラムや特集も売りもののひとつだった。
「性の質問箱」「避妊相談室」「性生活身の上相談」……。手記と同じく、寄せられた質問がすべて読者からのものとは限らない。いかにも編集者がつくったようなものもあるにはあるが、たとえば、昭和二十四年十二月号「性生活身の上相談」には、東京の七尾邦子という女性が、こんな質問を寄せている。
<私はいま有名な某関取りの妻です>。映画人の夫に先立たれ、角力取りの男と再婚した。<角力取りの肉体が烈しい精力感をもって私を魅倒した>んだそうだ。
<然し、事実はまるで違っていました。夫は外見、尽きない精根をもっているようでいながら、私達の性交時間は僅かに四十五分>
四十五分を<僅かに>と言われてはこの角力取りが気の毒な気もするが。
<圧力的な重量に堪えるのにやっとであって、私がオルガスムスに達する時間さえありません。思ったより、いや前の夫よりも陰茎は小さくそして細いのです。(中略)私は出来得るだけの姿勢とテンポを彼に求めました。然し無駄なのです。強烈な刺戟を覚えるような姿勢をとれば瞬時にして終わってしまうのです。夫の職業と巨満な肉体による性的異常を、私は如何に処理して行くべきでしょう>
いつの世も女性が欲張りだということがよくわかるではないか。
で、回答。
<昔から大男は案外局所が小さいと諺にまで言われているのですが>
どんな諺だ!?
<極端に小さいものは別として、少しくらい小さくとも性交に対してはテクニックその他によって異常はありません。(中略)オルガスムスは精神的な影響が第一であって、信頼した二人の愛情によって結ばれ、一つの肉体となって溶け合う時、最高潮に達するのです。(中略)極力徐々に夫に協力し巨満な肉体に対する性交の位置を色々研究し、夫の食事にも細心の注意を払い刺戟物は避け、性交の回数を多く試みるのも一策と思われます>
二十四年七月号にはこんな特集が掲載されている。雑誌は時代の鏡だから、当時、こういう事件も少なくなかったのだろう。
「妻が暴行されたら……夫婦はどうすればいいか?」
リードにこうある。
<経済的窮乏に加え道徳的観念の低下により敗戦下の我が国の犯罪は激増の一途を辿りつつある。(中略)しかも強盗の大半が婦人に対する暴行を伴う。(中略)常に読者諸兄姉の幸福なる夫婦生活を保持増進することを念願とする本誌は、特に本特集が諸兄姉の護身符となればこれ以上の喜びはない次第である>
回答者は式場隆三郎(医学博士)、新居格(評論家)、渋澤秀雄(評論家)、竹内茂代(医学博士)の四人。
式場博士の回答。
<もし不幸にして人妻が強姦されたら、妊娠を防止するために、すぐ洗浄するがよい。精虫は二、三日は生きているものだから(中略)良人はそれがいつまでも後に残るもののないときは、さっぱりと忘れてやる寛大さも持たねばならぬ。恥しさと、すまない気で悲嘆にくれている妻に、決してあとまで残るけがれでないことを悟らしてやり、心から慰めを与えるべきだ。これは雨の日に自動車の泥をひっかけられたようなもので、洗ってしまえば何でもないと思いこませるべきだ。(中略)妻の嘆きを救うのは良人の義務であり、愛情でもある>
新居格氏の結論。
<暴行ということは夫妻の間にだってある。妻に欲望がないのに、夫が性交を強要する場合も、暴行であり強姦であることを知らねばならぬ>
まるで田嶋陽子センセイのようだが、大正デモクラシーの旗手のひとりで戦後、昭和二十二年革新系から公選の杉並区長に当選した新居氏らしい回答だ。 渋澤秀雄氏の答えはいかにも名随筆家らしい。
<妻が暴行された場合などは先ずその夫は嫉妬の刺戟により妻に対する感情が深まるものである。刺身のワサビはマグロを本当に美味くする。過去のこのような不幸な災難も実はワサビ同然であると思う。それは今後の生活上にワサビの役割を果たし、夫婦生活をより味のあるものにしてくれるものと考えてよい。然しそうかといって新しいワサビを次から次へと作ってはならない事は言うまでもない。妻を人間として愛しているのか、オルガン(器官・筆者注)として愛しているかは難しい問題であるが、普通夫婦はオルガンとしての場合と人間(精神的)としての場合とが一緒になって生活して行くものである(後略)>
なかなかの編集力だと思うのは、四氏の回答の他に説教強盗として有名な妻木松吉の手記を併載していること。題して「犯し易い女、犯し難い女」。
妻木松吉といっても、今の若い人はほとんどその名を知らないだろう。昭和の初め、東京で百四十七件の犯行を重ねた強盗。中野や大久保の高級住宅に侵入、その際、被害宅の家人に「用心が悪いから犬を飼いなさい」とか、「街灯をつけた方がいい」とか説教して去ったことから朝日新聞が「説教強盗」と名付けた。昭和四年逮捕、無期懲役となったが、模範囚で昭和二十三年に釈放された。
そのご本人に「犯し易い女、犯し難い女」を語らせるというのはアイディアだ。
<女というものは常に佇まいを慎まなくてはいけない。ひどいのは、見るに忍びないほど露出しているものある。寝巻きをきちんと合わせて静かに眠っている女は少ない。必ずと言っていいほど、布団の中の姿は乱れている。これでは強盗の性欲を刺戟するのは当然である>
「当然である」と居直られても困るが、なにしろ百件以上強盗に押し入ったご本人の弁だから説得力がある。
それでは六年間続いた『夫婦生活』のなかでいちばんヒットした企画は何だったろう。
創刊一年目の昭和二十五年十二月号で「夫婦の性生活四十八手」という特集を組んだら、これが大ヒットした。
以後、毎年十二月号にはボーナス特集と称して「四十八手もの」を必ず特集した。
・新夫婦の四十八手(二十六年十二月号)
・新作性技四十八手(二十七年十二月号)
・現代版四十八手(二十八年十二月号)
その間にも、
・新婚生活 お愉しみ四十八手(二十七年四月号)
・世界の性豪秘技四十八手(二十七年八月号)
・新作性愛四十八態(二十九年十一月号)
・新編愛技四十八選(三十年三月号)
あくまで四十八手にこだわっているところが『夫婦生活』らしい。(つづく)