ボストン交響楽団オーボエ奏者 若尾圭介の

ボストン交響楽団オーボエ奏者 若尾圭介の クラシックな日々 in ボストン

【第26回】
 今日は、入団オーディションの審査員〜音楽だけを頼りに

 ボストンは今、紅葉の美しい秋本番。一年で一番好きな季節です。ところがこの季節を満喫しようにも、通常スケジュールの合間に行われるボストン響トランペット奏者の入団オーディションのジャッジ(審査員)になってしまい、シンフォニーホールにこもりきりの数日間を過しました。
 今回は、《審査する側》から見たオーディションのことをお話します。

 オーケストラの入団オーディションのジャッジは通常、同じ楽器や近いセクションの団員を主に、その他の楽器の団員合せて10数名が担当します。そして多くの場合、ファイナル(最終選考)に音楽監督やコンサートマスターが登場し、最終決定となります。最終決定と言っても、必ずしも誰か一人を選び出すわけではなく、該当者無し、オーディションのやり直し等も多々あります。


スクリーン(幕)で遮られたオーディション会場

 実際に会場で演奏するライブオーディションは、予め行われる書類選考やテープ審査を通過した受験者によるものです。最終選考までは受験者と審査員の間にスクリーン(幕)を置き、審査員席からはどんな人が演奏しているのかは全くわかりません。まさに聴こえてくる《音》だけを頼りに審査します。また、最終選考でスクリーンを取払い、オープンにするか否かもジャッジの間での多数決で決めます。
 トランペットというのは誰にとっても難しい楽器で、今回ほどのレヴェルでも、受験者の数分の持ち時間のうち、音が巧く出ない等ちょっとしたミスのない演奏は皆無と言っていいほどでした。例えば前回のフルート奏者のオーディションではほぼ全員がノーミスで吹ききっていましたから、楽器の特性、演奏のスタンダードは様々です。ミスの有無は本来、本質ではないと思いますがオーディションなどでは評価の対象となることは否めません。トランペット奏者の《楽器を操る苦労》にオーボエのそれを重ね合わせながら聴いていました。
 それでも相当数の受験者の演奏を聴いていると、
「お、素晴らしいな、なかなかだ。」
「う〜む、キツイな。」
「ダメ。」(失礼)
 と、明確なる感想が出てきます。
 ところが、周りのジャッジは皆、眉ひとつ動かさず黙ったまま、審査に没頭していました。他のジャッジに自分の評価、感想を悟られないよう細心の注意を払っているのです。審査に関することは一言も喋らず、緊張感漂う審査員席。


審査員も真剣そのもの

 言うまでもなくこの緊張感とは、各受験者そして他のジャッジへの敬意の表れです。人生を賭けている受験者の為に、審査が他のジャッジの意見によって混乱しないよう、出来る限りフェアであろうとしているのがよく分りました。また、ジャッジの間には「新入りの審査をしてやる」というおごりはなく、謙虚で真剣そのもの。各々が過去に厳しいオーディションを潜り抜けてきた、苦しかったり嬉しかったりした経験を忘れてはいません。審査は絶対にフェアであるべきだ、というのが誰も何も語らずとも感じられました。
 こういったことは当然のことかもしれませんが、現実的にここまで徹底するのは難しいものです。「美しいことだな」と、改めて同僚達に尊敬の想いが湧き、非常に神聖な気持ちになりました。
 オーディションの終始一貫した雰囲気に、私も懸命に自分を殺し(苦笑)、「大人」になろうと試みました。というのも、私は思考と感情がそのまま顔に出てしまうタチで、聴きながら、表情、動作、目線さえ動かさずにいるのはひたすら《忍》の一文字だったのです。
 いやはや、まだまだ修業が足りないな、と反省しきり。

 結局、この真剣勝負のオーディションで選ばれたのは、現ニューヨークフィルのトランペット奏者でした。誰もが「やっぱり」と思う結果でしたが、とにかく、修羅場を潜り抜けた彼を、新しい仲間として「ウェルカム!」と、心から迎えたいと思っています。

 
若尾
マンハッタン音楽院ジョセフ・ロビンソン氏に師事、卒業後同学院で教鞭をとる。マイケル・ティルソン・トーマス率いるニューワールド交響楽団創立の1987年、初代オーボエ奏者として同楽団入団。1990年よりボストン交響楽団準首席奏者及びボストンポップスオーケストラ首席オーボエ奏者を兼任。更にニューイングランド音楽院で教鞭をとる。日本での活動としては88年より“若尾オーボエキャンプ”を毎年行っている。98年クリストフ・エッシェンバッハ氏と共演のデビューCD「カンツォネッタ」をはじめとし、ジョン・ウィリアムス氏等の著名な音楽家とのCDも多数リリースしている。近年では代官山ヒルサイドテラス音楽祭音楽監督、スーパーワールドオーケストラ首席オーボエ奏者など、ソリスト以外にも様々な活動を展開している。
http://wkboston.exblog.jp/
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