ボストン交響楽団オーボエ奏者 若尾圭介の

ボストン交響楽団オーボエ奏者 若尾圭介の クラシックな日々 in ボストン

【第24回】
 「華やかなステージに立つ前に〜オーケストラ団員の試練」

 芸術の秋。ボストン交響楽団の08-09新シーズンも華々しく開幕しました。手術の為、休養していた音楽監督ジェームズ・レヴァインも意気揚々とカムバック、他のゲストコンダクターには、昨夏のタングルウッド音楽祭以来の小澤征爾、お馴染のド・ブルゴス、アンドレ・プレヴィン、アラン・ギルバート、ソリストにはピアノのマウリツィオ・ポリーニやバレンボエム等々が続々登場します。シーズン開始のこの時期は、クラシック音楽ファンの方々にとって、ずらりと並んだコンサートプログラムを眺めてはどのコンサートに行こうかと考えを巡らす楽しい時でしょう。出演する我々も、気持ちを新たにとにかく毎回のコンサートに全力で取り組もうと気分を引き締めています。

オーディションだけでは不充分!?


コンサート前にステージでウォーミングアップ

 世界の名指揮者やソリストがやって来る、一見華やかなボストン響のコンサートですが、当然のことながらこのステージに立つまでには、いくつかの乗越えるべき「壁」があります。厳しい入団オーディションを勝ち抜くことや、次から次へとコンサートをプロとしてこなしていく実力をつけることのほかに、オーケストラの団員にはもうひとつ、やっかいなものがあります。
 大変な緊張を伴うオーディションを終えてホッとしたのも束の間、その後、数ヶ月から1年ほどの「仮団員」期間をパス出来て、初めて団員として正式に入団できるのです。アメリカでも日本でもほとんどの企業や組織に試用期間というものが設けられてはいますが、本採用までの準備期間にすぎないものも多いでしょう。しかし、我がボストン響の「仮団員」制度は、少しでも疑問があるなら正メンバーとして受入れることはない、実際にオーケストラに入って演奏からその人間性まで、つぶさに審査しますよ、という非常にシビアなものです。ですから「仮団員」期間は誰でも、演奏に対して全力なのは勿論、ステージを降りても、あまり目立ったことをせず、フレンドリーに親切に……を心がけ、気の抜けない毎日を送ります。
 演奏も抜群、人間的にも問題なしと悠々、早々と仮団員期間を終える者もいるなかで、何かにひっかかり、「仮団員」期間を延長され続けた揚げ句、いつの間にか消えていった人をこれまで何人も見てきました。

なかなか開かない夢の入り口の前で


シンフォニーホールの客席から

 昨年オーディションに通り、仮団員として入ってきたJ。シカゴの中堅オーケストラからいわゆるキャリアアップを目指して、ボストン響にやってきました。彼は今、仮団員期間を2度も延長されて戦々恐々とした日々を送っています。ボストン響の正団員になれるか否か、音楽家として大きな分岐点にいるJですが、何か周りからの不穏な雰囲気を察知しているようで、連日不眠症に悩まされ、カウンセラーに通っているといいます。何をしていても気分が晴れず、考え込んでしまうという気持ちは痛いほど分かるので、彼を食事に誘ったり、いろいろ相談に乗って元気付けるようにしています。  彼とて、もし正団員になれなくても、また自分らしく新しい道を見出していけば良いことは分っています。でも、名オーケストラとしてそびえ立つボストン響に瀬戸際で「拒否」されたとなると、音楽家として次に何処を目指していけばよいのか分らなくなるような、その存在価値が問われるほどの不安が襲ってくるのです。というのも、私自身この仮団員期間に人生観が変わるほどの思いをし、七転八倒するという苦しい経験をしました。  そのころのボストン響は今よりももっと保守的で、年齢層の高い男性ばかり、団員の99パーセントが白人でした。当時28歳、野心と負けん気の溢れるギラギラした目で「仮団員」として入団してきた若い日本人。それまでオーボエばかりに夢中で、周りの人達との調和をとるという意味も今一つ分っていなかった私が、その仲間になるのにひとつふたつ苦労をしても不思議ではなかったわけですが……。その話はまた別の機会にじっくりお話ししたいと思っています。    

 
若尾
マンハッタン音楽院ジョセフ・ロビンソン氏に師事、卒業後同学院で教鞭をとる。マイケル・ティルソン・トーマス率いるニューワールド交響楽団創立の1987年、初代オーボエ奏者として同楽団入団。1990年よりボストン交響楽団準首席奏者及びボストンポップスオーケストラ首席オーボエ奏者を兼任。更にニューイングランド音楽院で教鞭をとる。日本での活動としては88年より“若尾オーボエキャンプ”を毎年行っている。98年クリストフ・エッシェンバッハ氏と共演のデビューCD「カンツォネッタ」をはじめとし、ジョン・ウィリアムス氏等の著名な音楽家とのCDも多数リリースしている。近年では代官山ヒルサイドテラス音楽祭音楽監督、スーパーワールドオーケストラ首席オーボエ奏者など、ソリスト以外にも様々な活動を展開している。
http://wkboston.exblog.jp/
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