ボストン交響楽団オーボエ奏者 若尾圭介の

ボストン交響楽団オーボエ奏者 若尾圭介の クラシックな日々 in ボストン

【第20回】
 日本でのクラシックな日々

 先月はコンサート活動の為、日本に帰国していました。日本滞在中は、コンサートやリハーサルのほかに、様々なパーティやイベント、お世話になっている方との会食や仕事関係のミーティング等で、連日ハイテンションな日々。忙し過ぎて久々に体調を崩してしまいました。ボストンではそんなに目まぐるしいスケジュールは有り得ないから体力がついていかない・・・・・・! 日本ではもっと忙しい方も多いのでしょうが、やはり私はボストンのゆったりペースが心地よく、本領発揮できるようで東京生活用の基礎体力が鍛えられていないのだと実感しました。
 というわけで休載が続きましたが、これからこちらの夏の様子などお届けすべく連載は続けていきますので、どうぞ宜しくお願いします。

《旅は情け、人は心》


家族皆でお世話になった高山の名旅館《槍見館》

 日本に帰ってまずは岐阜県の飛騨高山へ行きました。衆議院議員、金子一義先生の後援会の皆様の前でオーボエの演奏を披露したり、高山のブラスバンドの皆さんへの指導をするというのがその目的。
 高山では名山連なる北アルプスの大自然を仰ぎ見つつ、ゆったりできる温泉があり、日本の古い家屋や町並みが残っているので情緒に溢れ、飛騨牛や朴葉味噌焼きなど地元の美味しい食も堪能できます。ボストンから成田へ着いた翌日にこんな日本情緒溢れるところへ来てしまうと、タイムワープ感がより際立ってますます、旅が特別なことのように感じられました。
 音楽家って、一般的なコンサートの他にも、皆さんから求められ喜んでもらえるなら基本的にどこででも演奏したいと思っているので、あらゆる機会に演奏を披露させていただくことは多いものなんです。今回のように旅先での演奏で感じることは、聴いてくださる皆さんの心ある温かい雰囲気。純粋に音楽を楽しもうとする聴衆の皆さんの優しい雰囲気は舞台にいるとひしひしと伝わってくるものです。そしてその聴衆の醸し出す空気に後押しされるように、思いもかけない絶好のパフォーマンスが生まれることもあります。そんなこともあって旅先での演奏はいつもとても楽しみなのです。

《東京人の情け、人の心は何処に》


飛騨牛ステーキなど、名産を堪能 リラックスしてます

 東京に戻ってからは一週間に2回ほどのぺースで、コンサートや様々なイベント、パーティなどでオーボエを演奏しました。その合間に他の共演者とのリハーサルがありますから、まさにオーボエ浸けの毎日。そんなある朝のこと、ちょっと気になることに遭遇しました。私はある駅のホーム前方で電車を待っていたのですが、ふとホーム後方で男の人がうずくまって倒れているのが目に入ったのです。「あれっ」と思って近くまで行こうと身体が無意識に動き、歩み始めたものの、周りの人は誰も動かない。誰一人その倒れている人に声を掛けずに、見て見ぬふり。心なしか倒れている人の周りにいた人達が「かかわりたくない」とじりじり後ずさりしているようにさえ見えました。
 思わず走り寄ろうとしたとき、ちょうど反対側のホームに入ってきた電車の車掌が気付き、ホームの車掌二人が駆けつけて事態は収まりました。でも、私はなんだかこの異様な空気感にぞっとして立ちすくんでしまいました。人が倒れていたら「あれっ。どうしたんだろう?」と思うのが自然な感情だと思うのですが、そんな感情を押し殺して見て見ぬふりをする・・・・・・。これが東京の常識となっている異様さは、アメリカ生活の長い私だから感じることなのでしょうか。アメリカでは例えば道でタイヤがパンクして立ち往生しているだけで、少なくとも数人の通り掛かりの人が「大丈夫ですか? 何か助けが必要ですか?」と声を掛けてきます。
「親切心からとんでもない人に引っかかって事件などに巻き込まれたら、かなわない」という気持ちも私だって人一倍持っていますが、それにしても何かがおかしい、関わらなくても他に出来ることがあるはず――との思いが消えません。
 音楽家の立場から思うのは、こんな閉塞感の中で、果たして良い音楽が育まれるのだろうか、伸び伸びとした表現ができるのだろうか、ということです。海外の表現者達は自由自在、これでもかという程、うねるような感情を音楽や絵画、様々な作品などにのせて世に出てきます。今後ますます、日本は太刀打ち出来なくなるんじゃないか、これは何も芸術の世界だけに限った懸念ではないのではないか。そんなことを、梅雨空の湿りがちな東京の街をオーボエ抱えて走り抜けながら、思っていました。

 
若尾
マンハッタン音楽院ジョセフ・ロビンソン氏に師事、卒業後同学院で教鞭をとる。マイケル・ティルソン・トーマス率いるニューワールド交響楽団創立の1987年、初代オーボエ奏者として同楽団入団。1990年よりボストン交響楽団準首席奏者及びボストンポップスオーケストラ首席オーボエ奏者を兼任。更にニューイングランド音楽院で教鞭をとる。日本での活動としては88年より“若尾オーボエキャンプ”を毎年行っている。98年クリストフ・エッシェンバッハ氏と共演のデビューCD「カンツォネッタ」をはじめとし、ジョン・ウィリアムス氏等の著名な音楽家とのCDも多数リリースしている。近年では代官山ヒルサイドテラス音楽祭音楽監督、スーパーワールドオーケストラ首席オーボエ奏者など、ソリスト以外にも様々な活動を展開している。
http://wkboston.exblog.jp/
1 2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23