ボストン交響楽団オーボエ奏者 若尾圭介の

ボストン交響楽団オーボエ奏者 若尾圭介の クラシックな日々 in ボストン

【第16回】
 人種のるつぼのツボの中〜アメリカ移住物語

 人種のるつぼ、アメリカ。当然住めばあらゆる人種と交流し、付き合って行くことになります。もっとも、アメリカ在住の日本人はたくさんいますから、場合によっては日本人社会だけに留まって暮らしていくことも可能ではあるのですが・・・・・・。実際、日本人街、イタリア人街、中華街などなどアメリカの多くの都市で、同じ人種の移民が寄り添い協力しあって暮らしてきました。でも私自身は、10代の頃から外国人ばかりの中でやって来たせいか、コスモポリタンを自認しています。面倒な柵など最小限にして、自由な空気を感じながら過ごす毎日はとても心地良いものです。一歩外に出れば、自分の尺度では計れない、さまざまな人々がいると思うだけで、元気がでてくるし、自分の世界も益々広がるような気がします。

《韓国人のリーさん一家》


いつも元気いっぱい、リーさん家族

 そんな暮らしの中、ボストンで出会った友人の一人、韓国人のリーさんを紹介したいと思います。1年程前から家族ぐるみで親しくなったリーさん一家は、かれこれ3年前、韓国からボストンに移住してきました。リーさんはキリスト教の牧師。韓国では、大きな教会で信者をたくさん集め、立派な仕事をしていました。真直ぐで優しく、かつエネルギッシュな情熱も見え隠れするリーさんは、「出し惜しみをしない」人。私は、常に全力で「与える」ことが出来るリーさんに底知れない魅力を感じるのです。リーさんの奥様は、韓国では保育園の先生で、自ら保育園を経営していました。見せて頂いた、奥様がセンスを活かしてデザインしたという、可愛い制服姿の園児たちとの写真が、充実していたであろう毎日を物語っていました。奥様はしかも料理上手。知り合った当初、自宅でのディナーに招待され、奥様の作る韓国料理があまりに美味かったから、打ち解け仲良くなった気がすると思うほどの腕前です。そんな一家が韓国で築いた全てをなげうって一念発起。キリスト教の本場で牧師の仕事を極めたい、また子供たちのグローバルな教育の為に、とボストンへの移住を決めたのでした。

《アメリカで待っていたものは・・・・・・》


ボストンも、やっと春らしくなりました

 夢いっぱいでやって来たアメリカ。でも、来てみると厳しい現実が待っていました。頼りにしてきた韓国人の牧師と深刻な諍いがおこり、ボストンには知合いが誰もいなくなってしまいます。また、移住から3年経った今でもリーさん夫妻の英語力は非常に乏しく、少し込み入った話になるとたちまち意志疎通が困難になります。いち早く英語を習得した子供たちにしばしば通訳を頼むという状態ですから、何をするにもなかなか大変そうです。  そんな中、最近になってリーさんは大学で勉強を始め、学内の小さな礼拝堂を借りて毎週日曜の朝に韓国人向けの礼拝を始めました。礼拝の後には心のこもった奥様手作りのお寿司やサンドイッチが振る舞われます。子供たちも良く働き、家族皆でお父さんの仕事をバックアップする様子は、見ていてとても微笑ましく、家族の原点を見る思いがします。また、リーさんの奥様は、日中の空いた時間に保育のプロとして、韓国人の知人宅でベビーシッターを始め、今やあちこちでひっぱりだこだとか。  とにかく、何もかも一から出直し状態のリーさん一家。大きいことではなくても今、自分に出来ることは何かと考え、たとえそれが取るに足らないと思えるようなことでも一生懸命やってみる。明るく頑張るその姿を見ていると、そうやって懸命に過ごす時間の積み重ねこそが人生なのだなあとしみじみ思います。リーさんは私と同い年。40代半ばで一からスタートするのはとてもシンドイことです。ともすると、人と交わることが億劫になって、腐ってしまったり、引き篭もったりしても不思議ではありません。けれども、どんなに苦しくても、踏ん張って絶対に腐らない。そんなときこそ、明るく振るまうこと。何を隠そう、実はそれこそ私が真の意味でアメリカ社会に《挑んで》いた頃、いつも心がけていたことでした。人種のるつぼとはいえ、外国人としてやってきて、アメリカ社会のド真ん中に入っていくには、何層もの見えない厚い壁を乗り越えなければならないような気がします。まさに今、そんな渦中にいるリーさん一家はどんなふうに壁を突破するのか。そしてアメリカは彼らのような人々をどんなふうに受入れるのか。とても楽しみに見守っているのです。

 
若尾
マンハッタン音楽院ジョセフ・ロビンソン氏に師事、卒業後同学院で教鞭をとる。マイケル・ティルソン・トーマス率いるニューワールド交響楽団創立の1987年、初代オーボエ奏者として同楽団入団。1990年よりボストン交響楽団準首席奏者及びボストンポップスオーケストラ首席オーボエ奏者を兼任。更にニューイングランド音楽院で教鞭をとる。日本での活動としては88年より“若尾オーボエキャンプ”を毎年行っている。98年クリストフ・エッシェンバッハ氏と共演のデビューCD「カンツォネッタ」をはじめとし、ジョン・ウィリアムス氏等の著名な音楽家とのCDも多数リリースしている。近年では代官山ヒルサイドテラス音楽祭音楽監督、スーパーワールドオーケストラ首席オーボエ奏者など、ソリスト以外にも様々な活動を展開している。
http://wkboston.exblog.jp/
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