
ボストン交響楽団オーボエ奏者 若尾圭介の クラシックな日々 in ボストン
【第11回】
悲しきアメリカ医療事情・2
《良医も自分で探し出すべし》

最先端の医療でも有名なボストンですが
先日、娘の2歳児検診に行きました。余談ですが、娘が病院に行く時は家族全員で馳参じるのが我が家流。ここではあらゆる場所に子どもを連れて行く場合、父親が付き添うということも珍しいことではありません。
さて、アメリカの医療では、掛り付け医制度が徹底しており、一人の医者が患者の病歴、診察、治療、投薬・・・・・・を一貫して管理します。緊急等で、他の医療機関で診てもらった場合や健康診断等を受けた場合にも、必ずこの掛り付け医に連絡が行き、患者の医療に関する情報は全て一所に集約されるしくみです。
娘にも、出生直後からシェフ先生という掛り付けの名小児科医がついています。シェフ先生とは、病院の廊下で偶然擦れ違ったのが初対面。見るからに温厚な人柄が滲み出て、何ともいえない安心感を感じさせる風貌と雰囲気に《この先生にぜひ娘の掛り付け医になってもらいたい! 》とそれまで『仮の』掛り付け医だったおじいさん先生、インテリ女医先生に失礼だったのかもしれないけれど、何とかシェフ先生に診てもらえるよう病院の事務局にあの手この手を使って必死にお願いしたのでした。というのも、シェフ先生は子ども達、親達に大人気、多忙な名物先生で新規の患者になるのは至難の業だったのです(やっぱり!)。いやはや、アメリカではこんな所でも競争は付きものであると恐れ入りました。まあ、掛り付け医を選べる自由と余裕があるだけ恵まれているともいえるのですが。

穏やかなボストンでの暮らしのために・・
こと医療に関しては、アメリカという国は何故こうも堂々と弱者に冷たいアンフェアーな構造を呈していられるのだろう、と憤然とする事は多々あります。
一方、自分はここでは異邦人、遠く日本からやって来てアメリカに住まわせて頂いている身。この社会の不具合に矛盾を感じても、ただ自分が目指すものへと前進あるのみ。常に闘い続けてアメリカでの暮らしと家族と我が身と人生そのものをしっかりと守っていくしかないのだと、少々もの悲しく思うのもまた事実なのです。
マンハッタン音楽院ジョセフ・ロビンソン氏に師事、卒業後同学院で教鞭をとる。マイケル・ティルソン・トーマス率いるニューワールド交響楽団創立の1987年、初代オーボエ奏者として同楽団入団。1990年よりボストン交響楽団準首席奏者及びボストンポップスオーケストラ首席オーボエ奏者を兼任。更にニューイングランド音楽院で教鞭をとる。日本での活動としては88年より“若尾オーボエキャンプ”を毎年行っている。98年クリストフ・エッシェンバッハ氏と共演のデビューCD「カンツォネッタ」をはじめとし、ジョン・ウィリアムス氏等の著名な音楽家とのCDも多数リリースしている。近年では代官山ヒルサイドテラス音楽祭音楽監督、スーパーワールドオーケストラ首席オーボエ奏者など、ソリスト以外にも様々な活動を展開している。
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