ボストン交響楽団オーボエ奏者 若尾圭介の

ボストン交響楽団オーボエ奏者 若尾圭介の クラシックな日々 in ボストン

【第9回】
 音楽は国境の無いコミュニケーション

《【国境】を越えるまでの長い道のり》

01
日本とアメリカのかけ橋に…

 ここ数年のことではありますが、《アメリカを拠点に活動する日本人のオーボエ奏者》の私だからこそ出来ることは何だろうと、あれこれ考えるようになりました。
 オーボエという楽器に出会い、本格的に西洋クラシック音楽の演奏家を志すようになったのは13歳。その頃から、音楽を通して我が人生を最大限に意味のあるものにするのならば、アメリカかヨーロッパに行こう、行かなければならない、と思っていました。その後オーボエを最初に師事した元日本フィルソロオーボエ奏者、新松敬久先生の薦めでアメリカに留学。大いなる紆余曲折はありましたが、幸運なことに、今もここボストンで10代の頃の決心そのままの人生を歩んでいます。
 《自分はプロの音楽家としてやっていけるか》と常に不安が付き纏い、必死で勉強していた留学時代。そして28歳でボストン響へ入団。入団したての頃は、オーケストラの伝統と音楽を意識しながら、毎日のコンサートをこなしていくだけで精いっぱいでした。当時の音楽監督だった小澤征爾氏や、同僚となった錚々たる各楽器奏者に囲まれ、まさに死にものぐるいでリードを巻き、オーボエをさらうだけで1日が過ぎていく。いろいろな意味で苦しかったけれども、周りにいた百戦錬磨の音楽家の大きな影響を受けて、音楽的にも人間的にも大きく成長できた濃厚な日々でした。
 環境から受ける影響は、音楽家にも多大なものがありますから、よりよい音楽を追い求めるのならば、共感し尊敬できる音楽家とのコラボレーションは必至です。7、8年前からオーケストラの仕事に少しばかり余裕を持って臨めるようになってきたので、ボストン響の仲間達だけでなく、世界中の素晴らしい演奏家との共演をしていきたいと思うようになりました。これまでベルリン・フィル、パリ管弦楽団、ウィーンフィル、NHK交響楽団・・などの音楽仲間、またオーボエのような、旋律楽器奏者にとって、なくてはならない素晴らしいピアニストと共演するコンサートを実現し、自分なりにその道を模索し続けています。

《日本国総領事公邸でのリサイタル》

02
ピアニスト広瀬悦子さん
在ボストン日本総領事鈴木ご夫妻と

 先週は、現在パリ在住のピアニスト、広瀬悦子さんをボストンにお呼びし、ボストン響の同僚達とのアンサンブルのコンサートなどを3回開催しました。
 どのコンサートも小さな会場ながら大入り満員、熱気あふれるコンサートとなりました。その一環で、在ボストン日本国総領事の公邸にて《オーボエとピアノのジョイントリサイタル》がありました。出演はオーボエが私、ピアノは広瀬悦子さん。
 鈴木総領事ご夫妻が、瀟洒なお屋敷の美しいサロンに、日本にゆかりのあるお客様をお招きし、コンサートの後には和やかな雰囲気のレセプションが続きました。音楽家同士、音楽のみを介しての関係はなんとも深く、時に厳しく果てしないものですが、そこから広がる聴衆の皆さんや人々との繋がりも、またかけがえなく心躍るもの。日本人という枠にはとらわれず、でも日本人であるからこそできること、《世界の何処であっても受入れられ、喜ばれる音楽活動》を今後も続けていきたいと思っています。

 
若尾
マンハッタン音楽院ジョセフ・ロビンソン氏に師事、卒業後同学院で教鞭をとる。マイケル・ティルソン・トーマス率いるニューワールド交響楽団創立の1987年、初代オーボエ奏者として同楽団入団。1990年よりボストン交響楽団準首席奏者及びボストンポップスオーケストラ首席オーボエ奏者を兼任。更にニューイングランド音楽院で教鞭をとる。日本での活動としては88年より“若尾オーボエキャンプ”を毎年行っている。98年クリストフ・エッシェンバッハ氏と共演のデビューCD「カンツォネッタ」をはじめとし、ジョン・ウィリアムス氏等の著名な音楽家とのCDも多数リリースしている。近年では代官山ヒルサイドテラス音楽祭音楽監督、スーパーワールドオーケストラ首席オーボエ奏者など、ソリスト以外にも様々な活動を展開している。
http://wkboston.exblog.jp/
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