(2008年4月8日掲載)
こんにちは。『週刊文春』(04/10日号)の林真理子さんのエッセイがとても印象に残りました。「プロのお仕事」というタイトルで始まった今回の内容は、何か文章を書く立場にある人の孤独な散歩に付き合ってくれるような内容でした。「日本語のプロ」として長年活躍し続けている林さんは、ある出来事をきっかけに自分がその日本語プロ精神を、かなりなめていたことに気が付きます。それは歌詞を書くという仕事を任された時に痛感された、作家としての経験も吹き飛ばしてしまうような辛い、頭の中は言葉の大渋滞なのに何故か真っ白という、書き手としての極限状態に陥ったからだそうなのです。
わたし自身もエッセイというものを書き始めてから1年足らず、毎回産みの苦しみを体験します。“のる”までに多くの時間を費やし、大体明け方に頭の中がキーンとしてきて、良いときは花火のように言葉が吹き出すのに、悪いときはコンピューターの前に呆然と座り、時々粘土のように固まった脳みそに水をやってこねまわしたりします。
林さんは、あるメロディが入ったCDを渡され(しかもヒップホップ調の! )、そのメロディに歌詞を付けるという、いわゆる“メロ先”で作詞をするという、大変難しい作業をなさったのですが、林さんのおっしゃる通り「素人の詞にプロの作曲家が曲をつけるよりも、プロのメロディに素人が詞をつけることの方が、何十倍も難しい」のです。いや、本当にこれはエッセイを書くことの数百倍ハードじゃないかな〜と私自身も最近思っているのです。私も、ここ一ヶ月近くの間、作詞という新しい世界に足を踏み入れました。数年前から歌っている既存のシャンソン・フラン セーズだけでは飽き足らず、オリジナル作品を私のギターの先生と一緒に作り始めたのです。やはりてっとり早いのは、作曲より作詞です。自分の想いを文章にするのは、特に自分の経験してきたことを書くのは、何かを評論するよりも簡単なはずなのですが、歌になるかと思うと、、、、何だかこっぱずかしいのです。しかもサビで繰り返されたりするかと思うと、恐くてもう筆が止まるっていうか。でも意を決して、自分を裸にして書いてみると、今度はリアルで個人的すぎて、万人の共感は得られないと言われます。
メロディに乗せてみて、いわゆる“いい歌”というのは詞の内容がシンプルで、旋律が覚えやすくて、言葉の響きがセンス良く配列されているんだと思います。この仕事は誰でも挑戦できて、ひとついいものができれば、もうみんな立派な作詞家です。でも本当にいい作詞家というのは、もともとのセンスに加えて、書いて書いてこなれた熟練の技術がものをいう、職人肌の仕事だと思うのです。
結局徹夜をして何百回もメロディを聴き、夜明けの光の中、林さんは初めて日本語が書けない恐怖と苦悩を味わった後、見せたご主人にボロクソに言われ、レコード会社に「出来なかった」と泣きついたら、先方はちゃんと本職のひとを用意していたという結末でしたが、林さんはプロの作詞家の歌詞を読んでうちのめされたと書かれています。やはりプロはすごい、この世の仕事という仕事の奥深さを知ったと。でもわたしはやはり思います、絶対にそのプロの方も自分のセンスや技術をあきらめないで磨き続けてきたのだと。スポーツ選手のように歌詞を書く筋肉を鍛え続けて来たに違いないと。
わたしの作詞活動にもひとすじの光が見えてきました。思いついたらどこでもなぐり書き、その時の気持ちや表現をフリーズ・ドライし、インスピレーションは絵本や、絵画や彫刻、ありとあらゆる芸術作品から受け、あとは自分を裸にしてみるだけ。これが一番難しいんですよね。でも自分の詞がとうとう歌になってそれを口ずさんだ時、感動の嵐に包まれます。これは一種の自己セラピーですよね。みなさんにもおすすめします! そして、卓越した言葉のセンスをお持ちの林さんの詞の歌をはやく聴きたいな〜と思います。
鳥越俊太郎
/ニュースの職人

1940年福岡県生まれ。京都大学文学部卒。65年、毎日新聞社に入社し社会部記者に。88年『サンデー毎日』編集長。89年、テレビ朝日「ザ・スクープ」のキャスター。2001年、「桶川ストーカー殺人事件」などの報道により、日本記者クラブ賞を受賞。
鳥越さやか
/シンガー・ラジオパーソナリティ・俳優

1972年東京都生まれ。清泉女子大学英文科卒。フランス国立高等演劇院のワダユタカ教授の元で演劇を学び、同教授が率いる『劇団CAT21』に10年在籍。その間もフランス・イタリアに計2年半語学・演劇留学。2004年よりJ−WAVEやTBSラジオでパーソナリティを務める。同年フランス語で歌うシャンソンコンクールで優勝。以来、ライブコンサート、シャンソニエなどで歌手として活躍中。

