Show Creator 小林 香の聞かせてください! 雑誌の履歴書

第10回 ゲスト フリー演出家・監督 富野由悠季

04月23日

(3) コンプレックスはまだあります

コンプレックスはまだあります

小林
元々は実写の映画監督になりたくて日大芸術学部に入られたんですよね。
富野
そうです。
小林
それが、アニメの方向へ進んでいく中、まだ実写の方も撮るんだという気持ちは持たれていたんですか?
富野
能力のある人は持ったかもしれませんが、よほどの事でないと、僕の卒業した年度のやつでは映画を撮れませんでした。さっきも話したけど、邦画界の大手映画5社が、新卒採用しない時代になっていましたから、テレビかCMに行くしかない。でも僕たちはテレビドラマなんかはやれないよっていう気分が残っている世代でもあったのです。
大手5社にもぐりこめなくて岩波映画へ行ったのが、1年先輩だった山本晋也監督(笑)。あと同期で中退して映画撮ったのは、『ハチ公物語』の神山征二郎監督。僕の周りで映画の世界に行ったのはそれくらいです。よほどのコネでもなければ、テレビドラマから実写に行った人も、我々の世代にはいないんです。時代がひと回りしてから、ようやくテレビ発で映画監督になれるという世代が出てくるわけです。
 昔なんて、ピンク系の映画で下積みを20年やってから、なんとかメジャーな映画でデビュー出来たらいい方です。僕は、「鉄腕アトム」を実質3年間担当させてもらっている間に、そんな同期たちを見ていたので、週ペースで新しいジャンルの仕事をやらせてもらえることで、生活していく上では生き残れるかもしれないと思いました。だけど、それはもの凄く悔しいことでもあったんです。
小林
ご自分の中に抱えていた、“実写を撮っていない”というコンプレックスを乗り越えた瞬間はいつだったんですか?
富野
いまだに乗り越えてないし、乗り越えようがないですね。
小林
日本の何十万人もの人からゴッドとしてリスペクトされている存在になられてもなおですか?
富野
はい。
小林
今から実写を撮るおつもりはないですか?
富野
なまじアニメを作っていて「どうも映画ってのはクセがあって、こういう機能がある」ということを自分なりに見つけることができました。そういうものを知ったら、自分には出来ないかも知れないと思うようになっています。
 みなさんにリスペクトされていることには感謝します。ただ、そのリスペクトは僕より若い世代からなんです。僕がリスペクトしてほしかったのは同期から上の世代であって、それを乗り越えられなかったから、映画を撮れなかったんです。だけど、今から自分が思っている映画も撮れないと思っています。修練を積んでこなかったものが、今からでは何も撮れないことぐらい分かりますよ。アニメの世界から映像創りを知った僕には、メッセージ性のあるものを撮ることは出来ません。若松孝二監督が撮られた「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」に勝てるものを撮れるわけがないからです。
 女房からは、外であまりそういうことを言うなと怒られちゃうんだけど、ろくな才能もなかった人間がテレビアニメに会えたからこういう風になれたんだと思えば、それはそれで身に余る光栄だと思っています。僕はそういう意味では小林香とは違う(笑)。
小林
でも富野さん、信じられないくらい多くの人をドキドキさせたり、感動を与えられた自分を誉めてやりたいとは思いません?
富野
それは、もちろんあります。でもこと「ガンダム」に関してはそうしかねる問題があります。常に返ってくるのがリアルタイムのリアクションではなかったからです。いつも10年後、20年後、30年後なんです。
小林
そうだったんですか。生まれた当初よりどんどん評価が上がっていくと。
富野
作った時は誰も誉めてくれないの。
小林
早すぎるんでしょうか。天才は時代より10年早いとかいいますよね。
富野
人ってやった時に誉められたいわけでしょ?
小林
そうですよね(笑)。
富野
僕はね、そういう経験がほとんどないんです。だから5年後、10年後に誉められた時にはこっちが忘れてる(笑)。あの時、もう少しお前らがちやほやしてくれてたら、今の化け方はもっと違っていたなんて恨んでます(笑)。僕なんて悪口言われたことしか覚えていませんもの。
小林
僕は10年先に進んでた。凄いだろっていう厚かましさもお持ちじゃないわけですね? そこまでうぬぼれたいという願望もお持ちじゃないんですね?
富野
ないない。というのは、テレビアニメという作品を1本ずつ仕上げる度に、こんなものしか作れない、ひどいひどいひどいひどいひどいひどいって反省しかなくて、ほとんど気に入った作品がないんですよ。
 僕の能力査定論として、力業で映像作りをしているうちはまだまだで、根っから好きじゃないと能力のある作り手とは言えない、と思っているところがあります。だから、自分で自分を誉めるところまではいかない。自分が気に入ったものが作れても、やっぱり自分の能力の範囲内の出来でしかない。やっぱり出来が悪いのよ。そして自分が気に入って、1人でウフフってやってるのは大抵外れてるのよ(笑)。そういう経験もあるから、うぬぼれられないの。テレビアニメシリーズものでは、みんなでやっつけ仕事をやっていました。だけど、1本1本が作品としてまとまったものになった時に、中にはウフフと思える時もあるわけです。あるんだけど、このレベルだったら「トムとジェリー」や、ディズニーの長篇アニメには勝てない。この差を毎回見ちゃうとうぬぼれてなんていられません。

小林
話が変りますが、わたし、子供の頃、「ガンダム」のおもちゃを持ってたんですよ。剣がチャキーンって出てくるような鉄製のおもちゃを持っていて、女の子なのに珍しいと周りの人に言われました。あと四角くて平べったいチューイングガムのおまけに入っていたシールを何枚も持ってましたよ。
富野
そんなのあったの? 知らないな(笑)。
小林
それで今回改めて「機動戦士ガンダム」を見て、今でもスペースもののアニメはたくさんあるけれども、こんなに人間の心の成長や葛藤が生々しく描かれているアニメを作ってこられたことが凄いと思いましたし、逆に、その当時よりも進化しているはずの現代のアニメの方がハートの部分をおろそかにしがちかもしれないという印象を持ってるんですね。「ガンダム」が人間の物語で、宇宙の闘争の話を書いているわけじゃない、人間のドラマなんだということを発見しまして、ああ、こういうものをお作りになっていたんだとつい先日あらためて劇場版を拝見し、実感しました。
 「ガンダム」のセリフですが、富野さんが考えられているんですね。
富野
もちろん。一字一句私です。
小林
衝撃を受けたセリフがあるのですが、アムロが地球でやっとお母さんと再会できた時にジオン兵に見つかって、仕方なくアムロが人に向かって発砲するのを見て、「私はお前をそんな風に育てた覚えはない」というところです。今までの流れで見ている人からすると「お母さんアムロの気持ちも分かってよ」と思うんでしょうが、私にはお母さんがそれも分かった上でそれでも伝えたかったことだった気がします。殺さざるを得ない状況でも殺すなという強さをそのセリフから感じたんです。
富野
そう取ったんですか。アムロのお母さんは強い人じゃないですよ。むしろその逆です。
小林
弱い?
富野
あの状況でああ言うって、口先だけの理屈じゃないですか。
小林
あれは理屈として書かれたんですか。
富野
ええ僕はそうです。理想論です。
小林
理想論なんだけど、それでも実行せよということをおっしゃっているのかと思いました。
富野
それほど複雑な感情のアヤは込めていません。もしあのセリフを作った時点での自分がそう思っていたとしたら、アニメの世界から出ていっていたでしょう。だから謙遜じゃないんです。その程度の能力なんです。ただね、ロボットものでも、こういうセリフを正面切って言うような作品にしてみせるぞという計算や自負はありました。でもそれでは天才とはいえません。だから悔しくて、この年になってもアニメでいいから作らせろって言えちゃう。

04月23日

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