なんと雑誌デビューは5歳?そんな今回のゲストは、占星術研究家の鏡リュウジさん。同じ京都出身の小林香が、雑誌との関わり、占星術について、色々お話を伺った。
占星術研究家・翻訳家。1968年生まれ。京都出身。
国際基督教大学卒業、同大学院修士課程修了(比較文化)。雑誌、テレビ、ラジオなど幅広いメデイアで活躍、とくに占星術、占いにたいしての心理学的アプローチを日本に紹介、幅広い層から圧倒的な支持を受け、従来の『占い』のイメージを一新する。英国占星術協会、英国職業占星術協会会員。日本トランスパーソナル学会理事。平安女学院大学客員教授。

- 小林
- 私と同じ京都ご出身で、国際基督教大学(ICU)ご卒業ということですが、ICUって少人数制で狭き門ですよね。1学年何名くらいなんですか?
- 鏡
- 当時は1学年500名くらいだったように記憶しています。いまはもう少し増えているようですけれど。
- 小林
- 大学というより普通の高校くらいですね。
- 鏡
- そうそう。だからキメ細かく指導していただけたんです。本当によかった。
- 小林
- 私の周りのICUを卒業された方って自分の道を切り開く方が多い気がします。
- 鏡
- そもそもICUを選ぶという時点でユニークな価値観の持ち主かもしれませんね。
- 小林
- なんか、失礼ながら組織に属せない人が多い気が(笑)。
- 鏡
- そうそう苦手(笑)。離職率も高いといわれています。
- 小林
- そうなんですね。
- 鏡
- ICUってisolated(孤立した)、crazies(クレイジーズ)の、utopia(ユートピア)の略だと言われているんです。冗談めかしてね。でもそこが「右へ倣え」にはまらないICU気質なんです。
- 小林
- アハハハハハ。鏡さんは10歳の頃から「オカルト」に興味をお持ちになられたとか。そのきっかけって何だったんでしょうか?
- 鏡
- 僕が10歳の頃って日本中でユリ・ゲラーのスプーン曲げが物凄く流行ってたんですよ。そんなブームもあって自然にこういう世界に興味を持つようになったと思います。当時、同じくブームだったタロットは、カードの絵がすごく神秘的で面白かったので、はまってました。その頃は本に書かれたとおり「タロットは占星術とつながりがある」とか、「魔法と関係がある」と信じ込んでいました。とくに興奮したのは「魔術師や魔法使いが作ったタロット」という一節。20世紀に魔法使いっていったい?面白いでしょう?現在でもたくさん魔法使いや魔女はいますよ。透視ができたり、箒にのって空は飛べないけれど、芸術に深くかかわったり、伝統的な世界観の継承者だったり。日本人にはわかりにくいけれど。アイルランドのノーベル賞詩人、Y.B.イエイツなんて、『黄金の夜明け』という魔術結社の首領だったんですから。子供だった僕はすっかり魅了されて、輸入品のタロットを買ったり、巻末に書いてある住所を頼りに、イギリスの魔法グループに手紙を出したりしてました(笑)。中学生や高校生の時は日本で発行されている占いの入門書とか占星術の雑誌とかはとりあえず手に入れていました。

- 小林
- なんという名前の雑誌ですか?
- 鏡
- どちらも廃刊になってしまいましたが、「My Birthday」や「ミュー」という占い専門雑誌です。一部専門的な記事が載ってたので、それを楽しみに毎月買ってました。それから学研発行の「ムー」も買っていました。
- 小林
- 「ムー」はどんな内容だったんですか?
- 鏡
- スーパーミステリーマガジンと銘打ってUFO特集とか、アトランティスの話とか色々やってましたね。今も一部で手堅い人気を誇っていますが、当時毎月30万部売り上げていたと聞いています。
- 小林
- へぇ、そんなに。小学生・中学生の時はオカルト、占星術、タロットに夢中だったんですか?
- 鏡
- いや、小学校のころはね、将来小鳥屋さんになりたいと思っていて、小鳥いっぱい飼っていたんです(笑)。可愛いくて好きだったからっていうだけの理由ですけど(笑)。
- 小林
- タロットに興味を引かれたのも、ビジュアルに惹かれたとおっしゃっていましたが、可愛いものや綺麗なものがお好きですか?
- 鏡
- そうですね。タロットはエキゾチックな雰囲気とか、ヨーロッパの歴史が書いてあるところが好きでしたね。当時は澁澤龍彦や種村季弘がはやっていたり、寺山修司が、オリジナルのタロットカードを作ったりという時代でした。
- 小林
- 爽やかで、パーン! としたポップなものではなくて、どろどろどろ〜っとした暗い雰囲気がいい感じですよね。その後はどのように雑誌と関わってこられましたか?
- 鏡
- 高校の頃に日之出出版の「クレープ」に高校生占い師として出ていました。大学の頃「Caz」が創刊されて、日本で最初か2番目に一般女性誌で一冊まるごと占い特集を組んだんです。この占い特集のお手伝いをして、なぜか大学のとき編集会議に出てました(笑)。大学の頃はもう雑誌に記事を書いていたな。

