- 小林
- 森下さんが一番最初に取り上げられた雑誌とかって覚えておられますか?
- 森下
- 雑誌だと「週刊プレイボーイ」かな? その時はアメリカに行って1年目くらいの19歳か20歳の時だったんですけどね。
- 小林
- どういう記事だったんですか?
- 森下
- NBAに最も近い日本人みたいな取り上げられ方やったかな?
- 小林
- 森下さんって名プロデューサーですよね。アメリカでは自分を売り出すために自分の頭にバスケットのメーカーの「ナイキ」のマークとかを刈り込んで色々なところへ営業に行ったって。その辺は意識してやってるんですか?
- 森下
- 意識はしてないけど、自然に夢中になってやっているのかも。引退した時にああしときゃ良かったって思うのは絶対嫌なんです。NBAの舞台には立てないかもしれないけど、とにかくまだ開かれていない扉を出来るだけ開けていきたいっていうのがあって。アメリカでは、自分をどれだけ売り込んでいけるかっていうセルフプロデュースは大事ですよ。
- 小林
- 高校時代英語の成績1だったんですよね。
- 森下
- 1っていうか、もし0.5があったら0.5ですよ(笑)。
- 小林
- ホームページで英語でのコメントを見たんですけど、アフリカンアメリカンなイングリッシュでしたね。
- 森下
- そうですね。黒人の中にいたから関西にいる外人が関西弁になるみたいなもんかな。
- 小林
- じゃブラックカルチャーにどっぷり浸かられてたんですね。ヒップホップのDJとしても活動されていますけれどもこれからも続けて行かれるんですか?
- 森下
- DJはバスケットが現役の間だけと思っています。引退したら俺はバスケから離れたいですね。
- 小林
- でも現役って10年もやれるもんじゃないですよね。
- 森下
- そうですよ。あと1年からもしれないし、長くても5年くらいじゃないかな、っていう風に考えてますけど、
- 小林
- どうしてヒップホップをはじめようと思ったんですか?
- 森下
- 日本に新しいバスケット文化を構築したいっていうのがあるんですよ。それが日本バスケに必要な部分やから恩返しと思ってるんです。
- 小林
- 引退したあとは何をやられたいんですか?
- 森下
- 内緒(笑)。引退したら話しますよ。
- 小林
- 楽しみですね。じゃ最後に自分のテーマってありますか?
- 森下
- 「自分に嘘つくな」ですかね。それが俺のテーマです。自分に嘘をついたら自分を好きになれない。自分を好きになれない人間が人を好きになれない。究極の個人主義が全体主義につながると思います。
- 小林
- どういう意味ですか?
- 森下
- 自分を突き詰めていかないと人のことは見えないってことです。自分を突き詰める前に人を見るのは、逃げてるだけやと思うんです。だから自分は20代の奴に、なんでもいいからとことんやりぬけって言うんです。そのプロセスがその人の価値観に必要になっていくから。そこが自分のテーマかな。
- 小林
- いいテーマですね。今日は本当にありがとうございました。
何かと“異端児”というキャッチがつけられることの多い森下さんですが、やがて彼のワールドが、異端ではなく本流を築きあげる予感がします。バスケを刀にして世界に斬りこんでいくザ・バスケな人生を送られてきたわけですけど、森下さんの面白いところは、バスケ以外の刀もたくさん懐に入れてらっしゃるところです。いつかまた、今度はテープレコーダーが回っていない所で、サムライの次の刀を見せてもらえますか?

小林香
Show Creator。
1977年生まれ。京都市出身。18歳で京都フィロムジカ管弦楽団を設立。その功績が認められ、ニューヨーク・フィルにインターン留学。同志社大学卒業後、ミュージカルの演出・振付家に師事。26歳で東宝株式会社と最年少プロデューサー契約を交わし、「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」「マリー・アントワネット」「ベガーズ・オペラ」などの大作に携わる。07年11月には、東宝新劇場・シアタークリエのこけら落とし公演(作・演出/三谷幸喜)をプロデュース。作詞とショウ演出においても現在もっとも注目されているクリエイターである。

