Show Creator 小林 香の聞かせてください! 雑誌の履歴書

第3回 ゲスト フリープロデューサー 木村 政雄

小林
吉本に入られたきっかけは?
木村
父親が公務員だったんです。子どもって父親の仕事に反発するでしょ。で、もうちょっとヤクザな仕事がいいなと思って、新聞記者になりたくて新聞学科にいったんですよ。でもなれなかった。
木村政雄の事務所
小林
落ちられたんですか?
木村
産経新聞は6次面接まで行ったんですよ。あとは身体検査だけという時に、はじめて登場してきたシード組がいたわけです。あいつらだけ受かったりしてと言ってたら、本当にそうなった。コネ組ですよ。6次まで行ったら他は受けないじゃないですか。で、落ちたとわかってから、さぁどうしようかと就職課の前に行ったら、渡辺プロと吉本があったんですよ。渡辺プロは東京だったし音楽は興味ないと。吉本だったら笑って暮らせるかなと思って。でも僕らの頃といったらいまほど目立った吉本ではなかったんで本当に吉本なんかに行くの? って言われましたよ。
小林
お父様はなんて言われましたか?
木村
親父は近所や親戚に言えないって。母親はどこでもええって言ってくれましたけど。
小林
吉本に入られてまずおやりになったことは?
木村
最初1年間は京都花月劇場で勤務でした。「きみは家が京都やから京都劇場」。ほんとにこんな決め方でしたよ。新人6人中5人まで本社勤務で、僕だけ京都勤務だったんです。その時は就職したらちゃんとしたオフィスで働くという先入観があったんですけど、劇場ってバックヤードは汚いから友達も呼べなくて結構落ち込みました。雑用全般やらないといけないんで大変でしたが、振り返ると、その一年はとてもためになりましたね。芸人さんってどんなこと考えてて、どんな人種かっていうことを勉強しました。先輩からはほとんど仕事教えてもらえなかったけど、タレントさんには色々と教えてもらいました。
小林
舞台に立つ方から吸収することは多いですよね。2年目はどういうお仕事をされたんですか?
木村
新喜劇の稽古に立ち会ってました。朝の4時くらいに終わるけど、新人だから家までタクシーで帰る金なんてないでしょ。事務所で始発が来るのを待って帰宅し、そのまま着替えて出勤とかいうのを、毎週毎週残業代も出ないのにやっていた。それを1年やったらもういいかなと思って、それで人事課長を電話で呼び出して制作部に変えてくれと。
小林
2年目の木村さんが人事課長をお呼び出しですか?
木村
しかもご飯をごちそうになりながらね(笑)。で、人事異動させてくれなかったら俺辞めますけどいいですか? って言ったら変えてくれてね。
小林
制作部に?
木村
最初マネージャーからやりましてね。先輩たちは4時くらいになるとみんな麻雀しに行っていなくなるんですよ。「劇場いってきます。あとやっとけよ」、とか適当なことを言いながら。そんなわけで現場に誰も行かない。でも、行ってみたらやっぱり面白いんですね。特に年代が近いということもあって、やすきよさんとよく話すようになって、スケジュールを作るようになって、そのうちマネージャーを名乗っていたという感じですね。
小林
現場に社員が行ってなかったって今では信じられないですよね。マネージャーをされる上でどういうことを心がけていらっしゃいましたか?
木村
僕は麻雀も出来ないし、ゴルフ出来ないし、酒飲めないし、車の運転も出来ない。当時石井光三さんって方が、松竹芸能の花形の課長で現場で目立ってはったんです。この人のマネージメントは「嘘とよいしょと汗」なんですよ。「さすが師匠!」とかゆって気分よくさせて仕事させる。僕はそういうの出来ないから、違う戦略で行くしかないんで、いいカッコして言えば知的に。向うが体力で貢献するんなら、こっちは頭脳で貢献するマネージャーになろうと思いました。タレントに付加価値を付けていく戦略を考えたんです。
小林
例えば紳助さんがサンデープロジェクトに出られたこととかでしょうか?
木村
そうですね。あれはフィールドを変えるという事をやったわけです。そうしないと限界ありますからね。
小林
やすし・きよしさんでもそういう例はありますか?
木村
ネタ作りですね。僕は面白いことを考える力はないんですけど。今こんなことが流行ってるとか、時代の波、風みたいなものを入れていこうっていう話はしてましたね。
小林
どういう風に情報を収集されてたんですか?
木村
それこそ朝日ジャーナルや平凡パンチといった雑誌でしょうね。笑いって、とてもジャーナリスティックなものだと思います。それまでは中田ダイマル・ラケットさん、いとし・こいしさんに代表される漫才作家が書いたネタをいかに巧みに、息と間を使って表現するかっていう漫才が多かったでしょ。やすし・きよしの場合は、ネタに「いま」を入れるように心掛けていました。毎週朝日放送の番組が終わって車で次の局へ向うまでに、3分間のネタを作らないといけなかったんですけど、その時は雑誌に載っている時事ネタを元に3人でなにやろうって考えましたね。

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