吉本興業を退社されて5年。フリープロデューサーとして広く活躍される木村政雄さん。今週も小林香に聞かせてください、あんな話やこんな話。
フリープロデューサー 1946年京都府出身。
昭和44年同志社大学を卒業後、同年4月に吉本興業株式会社入社。MANZAIブームを仕掛け、東京事務所をはじめ、吉本興業の全国展開を推進。 常務取締役を最後に、平成14年10月に退職。事務所を設立し、講演・執筆活動、テレビ・ラジオのコメンテーターの他、エンターテインメント事業や地域活性などにも取り組む。 平成18年、50歳からのフリーマガジン『5L(ファイブエル)』を創刊、編集長を務める。

- 小林
- 子供の頃はどのような雑誌を読まれていたのですか?
- 木村
- 「少年」とか「少年画報」とかかな。多分小学校から中学前半くらいじゃないですかね。
- 小林
- 高校、大学の時はいかがでした?
- 木村
- 高校生の時は思い出せないな。あんまり決まって読んでなかったんじゃないですか? 大学の頃は「平凡パンチ」を読んでました。
- 小林
- どこがお好きで読んでいらっしゃったんですか?
- 木村
- 表紙が楽しかったね。あれはIVYが流行った頃の雑誌なんですね。だからどんな有名な人に会うよりメンズファッション協会の講演で石津謙介さんと会った時は嬉しかったですよ。

- 小林
- じゃあその頃からファッションにご興味をお持ちだったんですね。今日もかわいい水色のピンをされていらっしゃいますね(笑)。
- 木村
- 大学の時はちょっと右に寄ってまして、「論争ジャーナル」という月刊雑誌も読んでいました。編集部は東京の銀座8丁目にあったと思います。それを3年から4年くらい定期購読してましたね。
- 小林
- 今もありますか?
- 木村
- もうなくなってしまいましたね。三島由紀夫を特集したり、戦争を肯定したりという本だったんですけどね。僕は卒論で三島由紀夫論を書いたんですけど、彼は翌年の45年に亡くなったんです。あと朝日ジャーナルも読んでましたね。アエラが出る前で、週刊朝日より知的でしたね。
- 小林
- 卒業後はどういう雑誌を読んでおられたんですか?
- 木村
- 卒業以来ずっと月曜日はポストと現代、木曜日は文春と新潮を読んでますね。

