- 小林
- 初めてご自身が取り上げられた雑誌は何ですか?
- 木久翁
- 「週刊テレビガイド」ですね。安倍寧さんと対談して。初めて今日みたいに一対一で対談して雑誌に載ったんです。
- 小林
- ミュージカルやジャズの評論家の安倍さんですよね?
- 木久翁
- そうですよ。僕があの時笑点で「いやん、ばか〜ん」で売り出して、それを安倍さんが見て気に入って下さって、呼ぼうってなったみたいですよ。その時の記事は、今でもとってますね。宝物です。
- 小林
- では逆に、こんな記事を載せられて嫌だったということはありますか?
- 木久翁
- 僕は落語の中に声色を入れたり歌を入れたりした初めての人間なんですよ。でもそれが初めは演芸評論家に理解してもらえなくてね、随分酷評されたんです。僕は面白いんじゃないかと思ってやって、お客さんも笑っているのにダメって言われて。評論家は年寄りでしたからね。落語は、物語自体が面白く出来ているんだから教わった通りやるもんだっていうのが、当時の一般的な考えだったんですよ。僕は映画やなんかの影響で、突然歌いはじめちゃったから。「たらちね」って落語があるんですけど、貧乏長屋にお嫁さんが来るんで、八つぁんが喜んじゃう、ってシーンがあって、「ちんちろりんのがんがらがん」っていう有名なセリフがあるんです。その前に「悲しきインディアン」のメロディーを入れたらどうかと思って「僕のところにかみさんが来るよ。どんな人だか今から楽しみ♪」なんて歌ったんですよ。そしたら怒られちゃってね。なんで歌うのって。まだ僕その時は前座だったからね。
- 小林
- それはかなり勇気がありますね(笑)。
- 木久翁
- 「顔は山本富士子、体はマリリン・モンロー、そんな人ならどんなにいいだろ♪」って踊りつきで歌っちゃったんですよ。
- 小林
- わぁ。それは怒られたでしょうね。落語っていろんな役をおやりになる時に、あまり声色を変えないんですね。
- 木久翁
- 僕は出来る範囲でやったら面白いんじゃないかと思ったんです。「それを言っちゃあおしまいよ」(声色で)って渥美さんになったり、長谷川一夫になって(また声色で)「おめぇの言う事はまちがいねえぜ」って(笑)。
- 小林
- アハハハハハ。客席は受けますよね。
- 木久翁
- 客席は受けますよ。だけど楽屋に戻ったら、「なんだよ、あれは」と。
- 小林
- みんな羨ましかったんじゃないんですか?
- 木久翁
-
真打になってからもずっとやってたら、そのうち後輩もみんなやるようになって、みんな歌ってね。これは僕が作った道なんです(笑)。

