初めて取り上げられた雑誌は
- 小林
- 富野さんがはじめて雑誌で取り上げられたのはいつですか?
- 富野
- 今日持ってきた『アニメージュ』が初出だと思います。昭和54年度の9月号。「ガンダム」系で始めて載ったのはこれです。
- 小林
- 載って嬉しかったですか?
- 富野
- 仕事の延長線上だと思ってましたから、載るのは当たり前だと思っていましたから、面白くもおかしくもない気分でした。僕の顔写真も載ってるんだけど小さいんですよ。この雑誌も、巷の映画雑誌と同じようにスタッフの写真は載せてくれないんだな、結局声優とキャラクターのための雑誌なんだな、とえらく不満でした。
他の雑誌にも取り上げられたかもしれないけれど、いつも「ガンダム」絡みだったから英雄論でも面白くもおかしくもない。
- 小林
- 「ガンダム」関連以外の記事はありますか?
- 富野
- ありません。本当は文化人として評価されたいんだけど、文化人としての素養がなければ無理というのがこの20年の実感です(笑)。
- 小林
- 必ず読んでいる雑誌はありますか?
- 富野
- ありません。実際に35、6からはほとんど雑誌を読んでる暇がなかったんですね。特に「ガンダム」が映画化されるようになったその後、マーケットに対して映画を作っていた10年近くは、雑誌を読んだ記憶がないなぁ。きっと、その程度の成功で舞い上がってたからだろうと思います。勉強することを忘れてしまっていたんです。
(C)創通・サンライズ
- 小林
- ご自分に厳しいですね。
- 富野
- だって、自分で読んできた雑誌の年表を作ったら真っ白でがっかりしたんだもの。
- 小林
- では情報はどのように得てるんですか?
- 富野
- ここ15年は新聞も1紙しか取っていないし、それからこの2、3年はパソコンを使うことを覚えましたので、最低限のことはわかるようになっています。去年頃から、ネットを覚えたのはいいが、そればっかりやっていちゃ、本当にやばいということも解ってきました。実際の景色も見なきゃいけない。実際の人の意見を聞かなきゃいけない。パソコン上で本を買うと絶対に間違うし、町の本屋を見る意義を改めて再確認してもいます。だから体が動く間は外に出るしかないんだなと思いました。
この2、3年の方が、30代後半の時と比べると物を読むようになりましたね。60すぎてからやっても間に合わないって実感してるんで、若い人にはちゃんと勉強しなさいと本気で言えるようになりました(笑)。
※ 富野由悠季さんが、ホストを務める角川書店『ガンダムエース』月刊ガンダムエース8月号(6月26日発売)内対談記事『教えてください。富野です』に小林香がゲストとして登場します!
そちらも是非ご覧下さい。
きっと富野さんはいままで”あなたの考え方って○○に似てるね”などと言われたことはないのではないかと思います。そして今後、”あなたって富野監督っぽいよね”とか言われる人も絶対に出てこないはずです。こんな奇想天外な思考回路の人が二人といるわけナシ。富野さんとマーラーのチクルスをご一緒したいなどと妄想したのは、少々の狂気を肴にとりとめもなくお話ししてみたいからでしょうか。メールでいただいた富野さんの人生の先輩としてのサジェスチョン、大切にしますね!!

小林香
Show Creator。
京都市出身。18歳で京都フィロムジカ管弦楽団を設立。その功績が認められ、20歳でニューヨーク・フィルにインターン留学。同志社大学卒業後、ミュージカルの演出・振付家に師事。26歳で東宝と最年少プロデューサー契約を交わし、「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」「マリー・アントワネット」「ベガーズ・オペラ」「SHOCK」などの大作に携わる。07年に日比谷に生まれた新劇場・シアタークリエのこけら落とし公演をプロデュース。作詞、ショウの演出・構成においても現在もっとも注目されているクリエイターである。











