
私が、海外のFM放送で“Kenji Nagai” と言う名前を聞き、その悲報を知った時、「まさか!」と鳥肌が立ってしまいました……そして、新聞で君の顔写真を見たときには、驚きで声が出ませんでした。私と、健ちゃんとは、若き日に、アメリカでの青春を分け合った仲でした……。
健ちゃんとの出会いはカリフォルニアのリバーサイド。お互いに23歳。何の実績もなく、将来の夢を大きく広げるために英語の語学勉強をしていた頃でした。
私は、当初、学校の寮に住んでいたけど、あるときから健ちゃんとアパートで共同生活をするようになりました。健ちゃんは、温厚で物静かな性格、でも芯がしっかりとしていた青年でした。彼とは、ルームメイトとして、言葉にできないほど楽しい共同生活をおくりました。ギターが大好きで、頑張ってジョギングをしていましたね。思い出せば、健ちゃんの当時の顔がはっきりと浮かびます。
それから18年後、私が日本に帰ってきた時の飲み会にも、彼は駆けつけてくれました。体重が15キロも増えていた健ちゃん、でも、中身は昔の健ちゃんのままでした。
「日本の街をジョギングする気分になれないのです。 街を味わえないのです。」
と言っていましたが、本当は仕事に追われていたのでしょう。きっと……。
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「1984年当時、長井さんから米国留学中の井本満さん宛てに送られた一枚」
久しぶりに会った健ちゃんは、
「仕事は報道の記者をやっています。どうしてこの道にはいったのか…、それは…悪になりきれない自分自身の悪に対するヒガミなのか、妬みか、切望か、それともサドか…。『こりゃおかしいぜ』と思うことには,真っ向から体当たりする命知らずなのか…。でも、この仕事で、このまま突っ走りたいです。」と言っていました。
私が知らない間に、あなたは、正に体当たりのジャーナリストとして、北朝鮮、アフガン、パレスチナ、イラク、ミャンマーの危険な地域に勇気を持って突っ走っていったのですね……
10月8日の青山葬儀場でのお別れの儀で、久しぶりにあなたの顔を見ました。あなたは、本当に安らかな顔をしていた。
私は声に出してお別れしました。
「さよなら!健ちゃん!」と。
井本 満
カリフォルニア大学リバーサイド校の旧友
雑誌ネット株式会社取締役
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