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【第3回】「世界の艦船」編集長 木津徹さん
花田
 尖閣諸島で日本が油田の調査試掘をしたら中国が軍艦を出すと脅してきたことがありました。2月号は中国の海軍の特集でしたが、中国の海軍力はどの程度のものなのですか?
木津
 難しい質問ですね。単純に潜水艦の静粛性やエレクトロニクスの質だけを比較すると、まだ日本やアメリカのレベルとは相当な差がある。大砲やレーダーや射撃指揮装置といったものが1つの統合したシステムとしてまとまっておらず、バラバラという印象があります。
 天安門以降、西側諸国は中国に対し
て先端的な武器の輸出を手控えています。だから、西側の最先端のウエポン・システムと比較するとかなり落ちます。ただ昔のソ連と比較しますと、ソ連の時代は西側全体が冷戦で戦っていたわけです。ソ連に危険なものを売っちゃいかんということは共通した認識だった。だからソ連は武器開発を独自でやらなければならなかった。しかし、中国は今や我々の経済圏ですよね、ということは禁輸措置が解かれたら一気に近代化してイージス艦のようなものを持つ可能性がある。経済力も凄いですし、ソ連とは事情が違います。今の質を以って遅れていると油断することは出来ません。
 2月号の編集後記にも書いたのですが、今、中国は新型艦を次々に作っているんですよ。普通であればある程度隻数を揃えそうなものですが、2隻作っちゃちがうタイプということを繰返しています。それぞれのウエポン・システムがまちまちなんですね。試行錯誤をしているように感じます。
花田
 比較して、日本のレベルはどの程度のものですか。
木津
 それは相当高いといえます。ですが、戦車でもそうですが日本は、第3世代、第4世代と世界の軍艦や戦車の型が移り変わる中で、その世代で一番優れたものを最後に出してくるというところがあります。だから日本が第三世代の中で一番新しくて良い戦車を出した時には、世界の流れはもう次の世代に移ってしまっている。自衛艦もそうですが、今の軍艦は昔のスチームタービンではなく、ガスタービンやガスタービンとディ
ーゼルの組み合わせで走るんですが、ガスタービン推進を使用し始めるのも先進国の中で一番後だった。いろいろなことが一番後になりますね。
花田
 なぜなんですか。
木津
 新しい技術に対して慎重なんでしょうね。特にアメリカ海軍がどうするか様子をみてというところがあります。
花田
 それは憲法9条などの制約があるからですか?
木津
 やっぱりマスコミが厳しいから失敗出来ないということもあります。予算的な制約ももちろんあります。世界に先駆けて導入したのに大失敗じゃないかということはやっぱり出来ない。だからアメリカ海軍があるエンジンを採用して使用実績が良いと、採用を決めても建造するのに5年掛ります。だから、世界の最先端ではない。でも冷戦終結後日本のように毎年着実に軍艦を建造している国はあまりありません。冷戦時代アメリカにせっつかれてもそれほど予算は増えませんでしたが、いまでも常に着実に建造している。
 それに対してアメリカ、ヨーロッパはドラスティックですから、冷戦終結後は、バンッと予算が落ちて軍艦が一隻も建造されなくなった国さえあります。日本は産業を育成する保護するということがありまして、軍事的な必要というよりも、産業を保護するために毎年建造しているという側面もある。
 潜水艦なんかでも、ある年、三菱の神戸に発注したら次の年は川崎の神戸に、その次は三菱の神戸といったように全く競争原理はありません。
花田
 造船王国日本が十数年前に韓国に追い越されました。現在はどうなっているんですか。日本の技術を模しても元々の基礎が弱いから最終的には日本が勝つんだという人もいますが。
木津
 どうですかね。戦後造船工学というもの自体は技術的にそう成長していない。それに比べて昔の造船工学の進歩は著しかった。たとえば戦艦三笠の時代から大和の時代までは船の形が変わるほどの大進歩をしているんですよ。
 航空機にしても太平洋戦争が始まった時の第一戦機は、わずか4年後に陳腐なものになる。機械工学というものは、19世紀の終わりから20世紀のはじめまではそれほど進歩したのです。だから10年も経てば戦艦長門だって古くなる。しかし、今はキティ・ホークなどがそうですが、40年も使っている空母がまだ第一線です。原子力空母であろうが、通常動力の空母であろうが、能力として一緒ですからね。船のドンガラとしての進歩っていうのはもう止まっている気がします。
 最近言われているのは、ステルスといってレーダーに発見されないような形状にしようとかそういう点は色々なアイデアが出てきて導入されることはありますが、造船工学そのものがそう進歩しているわけではありません。
 だから1人あたりの賃金が安い国には勝てません。日進月歩に日本の技術が進歩していれば中々追いつけないぞとなるかもしれませんが、そうではない。こんなことを言うと造船の専門家の方に怒られるかもしれませんが、横須賀の戦艦三笠と戦艦大和の形を見れば明らかに別種の船ですね。それが40年前に出来たキティ・ホークと今の最新空母とどこも違いはないわけですから。
花田
 日本の船や、海上自衛隊や自衛官に対する報道を見ていておかしいと思われることはありますか。
木津
 僕は別段右でも左でもないけれどやっぱり国防という安全保障に携わる人間に対して、揚げ足取りじゃなくてもっと真摯に報道して欲しいなと思いますね。湾岸戦争以降日本のジャーナリズムは変わってきていると思います。かつては、軍備なんかなくてもいいという意見がかなり強かった。軍備なんか無いほうがいいという、空想的平和主義の時代が長かった。その中で自衛官という
職業を選んで国のために、生きていくというのはシビアなものがあったでしょう。
花田
 この間、元海幕長の古庄幸一さんにお話を伺ったのですが、古庄さんが現役時代でも、制服を来て一般の方の前へ行くときにはシュリンクしたと。海幕長でさえそうなのだから現場の自衛官たちはもっとそうなのだろうと思いました。
木津
 昔の日本のように軍人が威張っているというのは異常なことですが、マスコミの扱いも問題があると思いますね。
 僕は船の雑誌をやっているから思うのかもしれませんが、「観艦式」って何億円も掛けた大イベントでしょ。だけど、時の海部首相がタラップから降りるときに滑ったとかそういう記事しか出ないんですよ。やっぱり今年の「観艦式」には何隻参加してという行事としての紹介をしなくちゃいけないのではと思います。賛成反対は別にして大きな予算を掛けた国家行事で首相も参加するのですから。
 南極観測船「ふじ」や「しらせ」にしても本当は自衛艦なのですが、あえて南極観測船という言い方をしているメディアは多いですよ。
花田
 余談ですが、テロ特措法の給油に対してはどのように思われますか。
木津
 日本の石油に対する依存度など考えるとやらざるを得ないのではないでしょうか。こういう事を言うと日本はアメリカにへつらってと言う人もいますが、世界一の強国と同盟関係を結ぶというのは、必要なことです。その同盟関係を維持するためにも必要です。小沢さんの国連至上主義というのは僕には全く解りません。
花田
 最後に、木津編集長が乗ってみたい船は?
木津
 僕は長い間軍艦担当だったのであまり豪華な客船は乗ったことがありません。リタイアする前に『クイーン・エリザベス2世』に乗ってみたいですね。あれは非常に綺麗な客船です。今はベランダ付きの客室が多いので下からみると高層マンションみたいに見えるんです。それに対してクイーン・エリザベス2世はシルエットが低くていかにもスマートですよ。自分が旅するときはベランダ付きが良いですが外から見ると美しくない。
花田
 もうひとつ。木津さんの雑誌に関する夢は?
木津
 是非英語版を出したい。よく外国人に写真も綺麗だし、英語で読めないかと言われるんですよ。英語になれば広がりが出ますから。

 もともと河出書房の編集者をしていた石渡幸二氏が同社の倒産を機に、自ら出版社を起し、『世界の艦船』を創刊したのは昭和32年のことである。
 当時のことを石渡氏が昨年11月号に書いている。一部引用すると――。
〈実家で家業を手伝っていた弟と家内の手を借りて、海人社という名称のもとにこの新しい仕事をスタートさせたのは忘れもしない昭和32年6月1日であった。事務所は折から店仕舞いした神田の古本屋の2階を借りたこぢんまりしたものだったが、ここで早速思いもかけない障害に逢着した。何とこの家はすでに借金の抵当として第三者の手に渡っており、近々取り壊しの運命にあるというのである。(中略)そのうち1階部分から実際に取り壊し作業が始まり……〉
 以来50年、『世界の艦船』は日本で唯一の艦船の雑誌として国際的にも認められる存在に成長した。
木津編集長は2代目。船の雑誌の編集長は「海の男」、海の男なら、まっ黒に陽焼けして、太い腕、白いトレーナー――そんな想像とは全く違い、スーツにネクタイをピシッと決めたもの静かな紳士であった。
話の端々から船に対する深い愛情が感じられたのは当然だが、軍事・防衛問題に関しても並々ならぬ知識と見識をお持ちで、当方の勉強不足を痛感させられた。


花田

1942年生まれ。『週刊文春』編集長時代に同誌を日本一の週刊誌に育てる。『マルコポーロ』『UNO!』『編集会議』等の編集長を経て、月刊『WILL』編集長。また、『マスコミの学校』を主宰し、後進の指導にあたっている。

 

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