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【第2回】「月刊むし」編集長 藤田宏さん
花田
今何名で雑誌を作られているんですか?
藤田
この編集部に4名、あと大阪に1名いるので5名で作っていますね。あとは販売とか入れると11名です。研究をする人自体が減ってきていますので『月刊むし』はジリ貧ですね。読者も高齢化ですよ。
花田
でも昆虫少年から虫の研究者として参入してくる人はいるのではないですか?
藤田
いないとは言えないですね。ただ、うちも子供向けに初めて虫を飼うための指南書を出していますけれども、この子たちが育って『月刊むし』を読めるようになるためには時間が掛るんです。虫の学会にいると40代でも若手で使いっぱしりをさせられてますね。大学の昆虫学研究室の子たちは若いですけれども、アマチュアの若い人が減ってきちゃってますね。昔は昆虫採集の宿題もあって虫好きな子供が多かったですからね。
花田
それ以前に虫自体が減ってますからね。さっきも言ったけど、ヒグラシは都会でめっきり減りましたね。
藤田
高尾山あたりでしか見ないですね。まだ皇居には、半世紀前に町で普通に見かけた虫が残っていますよ。今虫の分野でも、他聞に漏れず保全が叫ばれています。今年の学会のテーマも「居なくなりつつある虫をどうやって残すか」というものでした。今は社会的な現象であっという間に居なくなるんです。農薬の普及でタガメやゲンゴロウ、蛍といった水生昆虫も居なくなってしまいました。多くの昆虫が種の単位で、日本からいなくなりつつあります。調べてみないと、いつの間にか消えていて、いなくなったことすら気付けないんです。我々のように虫を追っかけていると、虫を採って殺しているんじゃないかって非難されることもあるんですけど、我々は虫を通じてどの虫がどの位いて、どのような生活を送っているかというのをずっと見ているので、いなくなって一番困るのは我々ですよ。絶滅危惧種をまとめた「レッドデータブック」を全国で我々の仲間が作っているんですが、我々のようにモニタリングする人間が高齢化でいなくなっちゃったら次の「データブック」は誰が作るんだろうと。活き虫を飼っている人たちにはそれは出来ないですからね。それが一番心配ですね。
花田
藤田さんがこの仕事をされて一番良かったことは何ですか?
藤田
朝から晩まで虫のことばかり考えていられることですよ。 家に帰っても虫の原稿を書いてますからね。普通の会社に行ったら昼は仕事しなきゃいけないでしょ。あっ、でもこれも仕事か。ハハハハハ。

 編集部の階下にあるショップで、生きている「ヘラクレスオオカブトムシ」を目にした時はちょっと興奮した。南米に行って、一度は見たいと思っていたからだ。正確には「ヘラクレスオオカブト リッキー」で5万400円。買おうかなと思ったが、飼いきれないだろうと思い直した。あと、どうしても見たい虫はアメリカの「17年ゼミ」だけだ。
 ぼくも子供の頃は結構な昆虫少年だった。毎年、夏休みには昆虫採集に明け暮れた。今でもセミやトンボ、カブトムシを見ると心が騒ぐ。夏の夕方、カナカナカナと鳴くヒグラシの声を聞かないのは寂しい。
 少年の心を持ち続け、好きな雑誌をつくっている藤田さんがとても羨ましい。


花田

1942年生まれ。『週刊文春』編集長時代に同誌を日本一の週刊誌に育てる。『マルコポーロ』『UNO!』『編集会議』等の編集長を経て、月刊『WILL』編集長。また、『マスコミの学校』を主宰し、後進の指導にあたっている。

 

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