WiLL編集長 花田紀凱が、専門誌編集長に訊く!

専門誌編集長ならではの面白さ、大変さ。 そんな話を、同じく『WiLL』の編集長をしている 花田紀凱が編集部にお邪魔して聞きました。

【第2回】
「月刊むし」編集長

藤田宏さん

藤田
 いま雑誌を編集する傍ら700ページくらいの大きな図鑑を3年がかりで書いていて、暇さえあれば顕微鏡を覗いて1000種類以上のクワガタを見ているんですよ。図鑑を書くのに文献を見ないといけないんです。現代の動物分類学が出来たのは250年くらい前ですが、それ以後の世界中の文献を見る必要がある。日本のものだって100年も前の文献だと書いてあることがなかなか読めないですよね。
 今あるクワガタムシの図鑑は15年前に出たもので、800種類掲載されているんですが、今回はその倍近くを網羅するので早く完成させて世界で一番の図鑑になってみたいなと思っています。
花田
 いつ頃、完成するんですか?
藤田
 来年の年末までにはなんとかと。
花田
 倍近くなっているというと新種などもずいぶん見つけられた?
藤田
 新種と解明することが大変です。小さいものがほとんどなので、今も図鑑の原稿を書いていると、顕微鏡を覗きながらこれは新種だとわかるといった地味なのが多いです。
 余談ですが、カブトムシとかクワガタとか飼っていると、小バエが湧いたりして女性は嫌がりますね、うちの女房も娘も大嫌いなんですよ。ところが私は娘にクワガタの名前を付けちゃったんです(笑)。青い瑠璃色のコルリクワガタというクワガタがいるんですが、日本に4種類いて、丁度娘が生まれた頃に2種類ほど新種を見つけて有頂天になっていたので、コルリクワガタから藤田こるりと名づけました。
花田
 「こるり」だったら可愛くていいじゃないですか。そんなびっくりする虫の名前じゃないから。
藤田
 鳥にもコルリっているでしょ。その写真を見た娘がこんなに綺麗な鳥の名前をつけてくれてお父さんありがとうって言ってきて、あの時は本当のことを言おうか言うまいか弱ってしまいました(笑)。
 娘の名前を付けたルリクワガタっていうのも昔日本にきたジョージ・ルイスっていう人が100年以上前に1種で書いていたのを、私の恩師の国立科学博物館で動物部長をやっていた、黒沢良彦先生が、私が高校生の頃に実は2種いるんだと見つけて、小さい方をコルリクワガタと名づけたんです。それを凄いなと思っていたのですが、それから10数年後に私がもう一種いることを発見したんです。先生はまだご存命でしたので、「先生もう一種類いましたよ」と見せたら「たまげたね」と驚いていらっしゃいました。でもその後、実はもう1種いて4種いたことが解りました。
 今年の学会ではさらにまだ何種類もいると発表をした人がいました。クワガタは交尾器にはオスとメスでその部分が鍵と錠みたいになるんですが、その鍵と錠が合わないと子孫を残せない。ところが、オスの交尾期にエンドファルスの内袋というよく解らなかった部分があるんです。で、それを医者で虫好きな人が研究していて手先が器用なので膨らませてみたら、みんな形が違っていた。それで分類したらもっと数が増えるという説でした。そんなもの外見からは解らない。そういう新種が見つかるんです。オサムシなんかでも、オスのあそこだけが3倍も大きいものがあってドウキョウオサムシという名前がついています。
花田
 なんでドウキョウ? そうか、道鏡はイチモツが大きいって言われてますもんね(笑)。
藤田
 そうです。昔から「道鏡座れば膝三つ」なんていいますよね(笑)。それも外見では他の似たやつと区別がつかないんですよ。最近はDNAが流行っていますけれどもDNAでどこまで本当の姿がわかるのかはまだ過渡期です。だから科学の進歩や世代によって昆虫学も切り口が変わってくるんですよ。
花田
 金属製の巨大な昆虫の大群が人間を襲うというポール・バーホーベン監督の『スターシップ トゥルーパーズ』という大好きな映画があるんですが、世界最大の虫は何ですか?
藤田
 体で言ったらタイタンオオウスバカミキリという草履くらいの大きさのカミキリムシがいます。羽までいれちゃうと面積が最大なのは蝶々になるでしょうね。アレキサンドラトリバネアゲハという蝶がいます。鳥と間違えて撃ち落としちゃったと言う話も聞くくらいですから。
 虫って凄い力だから、クワガタが犬くらいの大きさがあったら猛獣ですよ。人間は絶対に勝てない。蟻も高いところから落としても死なないし、自分の何十倍何百倍のものを運べるし、大きかったら脅威ですよ。虫が小さいから我々はこうやって暮らしていけるんですよ。
花田
 藤田さんは昭和28年生まれですが、小さい頃から虫がお好きだったんですか?
藤田
 そうです。小学3年生の頃から。
花田
 東京育ちですか?
藤田
 上野のあたりです。ですから不忍池でギンヤンマを捕ったりしていましたね。
花田
 あの辺なら昆虫の宝庫だったでしょう。上野の森はあるし。
藤田
 上野の博物館に、えらい先生がたくさんいて中学生の頃から虫についていろいろ教えてもらっていました。
花田
 いい環境ですね。その頃から比べると東京の虫の数は減ったでしょう。
藤田
 そうですね、虫に限らず自然がなくなりましたね。まだ私が子供の頃は周りに原っぱがあった。
花田
 私は世田谷で育ったんですが、昔の何万平米もある大きな屋敷を父が勤めていた会社が買い取って社宅にしていたんですよ。大きな池あり、山ありとても環境がよくて、セミやトンボはいるし、カブトムシはいるしなかなかいい所でした。藤田さんのいう原っぱも至るところにありました。今駒沢公園になっている所は広大な原っぱでした。もう都内ではほとんどトンボを見かけないですよね。
藤田
 ギンヤンマもいなくなりました。
花田
 トンボ釣りって知ってますか。ギンとチャンというのがいて、チャンが雌なんです。糸で結んで飛ばしているとギンが飛んで来てパッと結合する。それを捕るんですよ。考えれば罪なことをしてた(笑)。イトトンボとかオハグロトンボっていうのもいましたね。
藤田
 イトトンボっていうとこんなに小っちゃいの?
花田
 そうです。あれなんかもほとんど見ませんね。我々の暮らしからずいぶん多くの虫たちが消えてしまった。
 

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