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【第1回】「寺門興隆」編集長 矢澤澄道さん

○本業はどちら?

花田
しかし『寺門興隆』という雑誌でこのようなことが起こっているとは考えられませんね(笑)。
矢澤
考えられませんよね(笑)。
花田
ずっと、住職と編集長と2本立てで仕事をされてきて、どちらの方が本業といいますか、面白いですか?
矢澤
性格がまったく違いますからね。住職は、直に人と接しますから、対面ですよね。喜怒哀楽も分かるし、良かったのか悪かったのかも自分の肌で感じることができます。メディアではそれがないということですよね。何もなくても、指できちんと泥に字をかけるぐらいの伝達ができる範囲の世界。でも、雑誌というものは字を介さなくてはいけないし、紙もなければいけない。直接的に肌で感じる、ということはありえないですね。今ではテレビや携帯のように、メディアにも色々ありますが、それは全部副次的なもので、電気が止まったらもうメディアには伝達方法がない。一種の幻想なんです。むしろ雑誌は紙で入手しやすいので一次メディアだと思いますが、それでも肌で感じることは少ないですよね。ですので、編集者側が「これだ!」というものを作り上げて特集していく以外ない。読者の声をあてにしていたら、編集は成り立たないと常々思っています。自分で作っていかないと。
花田
僕なんか自分の興味本位で作っています(笑)。
矢澤
雑誌作りはそれしかないんですよ。

 自分が読みたい雑誌をつくる。これが雑誌づくりの基本だと思っている。今どきは、やれマーケティングだ、やれ読者ヒアリングだと小うるさいことを言うが、そんなことでおもしろい雑誌がつくれるわけがない(と信じている)。
『寺門興隆』はまさに矢澤澄道編集長が、「読みたい」雑誌に違いない。自分も住職をつとめつつ住職に向けた雑誌をつくる。企画が尽きるということはないだろう。編集長として羨ましい限り。
 矢澤編集長が、あの有名な『月刊住職』の編集長だったというのも驚きだし、椎名誠さんとデパートニュース社でいっ時、一緒に働いていたというのも意外。人間関係はこれだからおもしろい。
 一度、矢澤編集長の住職姿を拝見に、安楽寺に行ってみよう。



花田

1942年生まれ。『週刊文春』編集長時代に同誌を日本一の週刊誌に育てる。『マルコポーロ』『UNO!』『編集会議』等の編集長を経て、月刊『WILL』編集長。また、『マスコミの学校』を主宰し、後進の指導にあたっている。

 
 

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