-8-   
【第1回】「寺門興隆」編集長 矢澤澄道さん

○取材拒否にあっても

花田
取材に行くときは、普通の格好なんですか?
矢澤
もちろんそうです。動きやすい洋服です。うちの編集部は、お坊さんは一人もいません。みんな20代で、ジャーナリスト志望者ばかりです。
花田
長く続けていかれる上での一番の苦労は何ですか?
矢澤
う〜ん・・・・・・一番の苦労は、記者を育てていくことですかね。でも、大変といっても楽しいですよ、段々上手になってきて。失敗しますけれども、それを乗り越えていくのはとても頼もしいですね。知らない世界に入って、坊さんの嫌なところを見てくるわけですけど、それにも負けず一所懸命がんばっている姿をみると、まだまだこういう人たちが日本にもいるんだなと思います。
花田
業界の専門誌として「こういうことはしてはいけない」と気をつけてらっしゃることはありますか?
矢澤
業界の専門誌としてというよりも、ジャーナリズムを離れてもちゃんと礼儀正しくということぐらいですかね。だから、ちゃんとネクタイ着用で行きなさいと言う(笑)。
花田
取り上げるテーマに特に制約はないのですか?
矢澤
全くないです。でも、向こうから取材拒否といって制約をかけてきますね。
花田
取材拒否は多い?
矢澤
もう、ほとんど取材拒否ですね。何か争いごとなどが起きたら大体取材に行くんですが、ほとんど拒否ですね。アポイントメントを取るのが難しい。でも、取材拒否されたからといって引き下がるわけにはいかない。
花田
なんかいいですねえ(笑)。最近、取材拒否されたのにはどんなケースが?
矢澤
もう毎号毎号ですね。例えば、争いごとがあれば3者に取材に行かなければならないんですが、1方でも取材できれば書きますね。ただ、2者については多少情報を集めたり、匿名にしてしまうだとか。我々は、人の興味を引くために記事を書くのではなくて、寺院というもののあり方を勉強するために教材として掲げるわけで、個々の寺院がどうかというのはポイントではないんです。ただ、これは本当か嘘かという臨場感って当然ジャーナリズムにはありますよね。そういうために実名を出したいのですが、難しい場合はあえて出さないですね。
花田
これまでの10年間で「これはヒットした」という企画はなんでしょう?
矢澤
そういうのは、ないですね(笑)。
花田
そんなことはないでしょう(笑)。
矢澤
ただ経験的には……、私は33年ずっと雑誌をやっているんですけど、その中で一番、目から鱗というか、こんな世界はまったく知らなかったというのがあります。自分の知識にも経験にもまったくなかったことが「差別問題」ですね。
花田
部落差別の問題は宗教と深く関わってますからね。
矢澤
それは自分にとってこの仕事に携わるなかで重要な体験でした。1980年の初頭から部落解放同盟がお坊さんを糾弾したんです。その糾弾会の全部を雑誌に出しました。糾弾会というのは公開なので、それこそ後ろからの罵声などもそのまま再録したんです。さっそく部落解放同盟から抗議が来ました。「誤解される表現じゃないか」と言われた。突っ張るのではなくて、多少は理解して、何回も掲載しましたけど、あれほどの糾弾がこの世の中にあるというのが、一種信じられなかったですね。信じられなかったといっても否定すべき、信じられないではなくて、それほどまでにしなければならない差別があったし、仏教界もそういう差別の歴史を支えてきた一因であることは間違いないわけですよね。そういうことを初めて知ったんです。お経自体にも差別がある。初めは部落差別が中心だったんですが、段々と女性差別の問題が出てきたし、あるいは障害者差別もある。そのような、仏教の社会的な環境の歴史ということを学ぶことが出来ましたね。また、それは差別をしている側、されている側というふうな色分けのないように見ていくことがとても重要だということも学びました。
花田
ただ、日本人は世界と比較すれば差別というものを上手に乗り越えてきた民族だと思います。
矢澤
だからといって、何も問題がないわけではなくて、地域によっては大変な問題に直面している人もいるわけです。そういう人が、お坊さんに対してどう感じているのかということも重要ですし、お坊さんに何ができるのかというのも重要なことだと思います。その糾弾会に出て、とても怖かったですね、自分が糾弾されているような感じがしました。いい経験をさせていただきました。
 

-8-

back<<     >>next

> 1-2-3-4-5-6-7-8-9-10-