- 矢澤
- 世界遺産と拝観料は別に考えてくれればいいわけなんですけどね。それから、拝観料は一部の寺院のことなんですけど、日本人の宗教的支出っていうんですか、そういうデータが多少あるんです。それに、家計調査でも信仰費というのがある。また、信仰費以外にお葬式の香典だとか、結婚費用ですとかそういうものの調査もあるんですね。それをひっくるめると、大体日本人が年間で支出する額というのは3万円ぐらいなんですね。全支出の1%に満たない。だいたい平均で400万円ぐらいの総支出があるのですが、その1%に満たない額なんです。これは役所の統計なんですが、私どもで一寺院の一檀家が支払う金額と言うのを調べてみますと、やはり大体4万円ぐらいなんです。これは、墓地を持っていて、比較的熱心にお寺参りをする人の場合で、しない人はその半額以下になります。墓地を持つと会費を払うのですが、お正月、春のお彼岸、お盆そして秋のお彼岸にお参りして、自分の先祖回向をしていく、そうすると大体3万円〜4万円ぐらいになる。それに、お葬式がありまして、大体お寺に支払う出費として60万円ぐらいかかるんですね。でも葬式というものは大体30年に1回ぐらいなんです。まあ、まとまって起きる場合もありますけど、平均して30年に1度のペースで換算すると大体1年に2万円になる。すると多くて1年に6万円の出費になるんですね。そうなると、400万円のうちの6万円の出費がはたして多いのか少ないのか。
- 花田
- 決して多くはないですね。
- 矢澤
- 日本の仏教寺院というのは、とてもお金がかからない宗教団体なんですね。比較するわけではないですが、例えば大きなキリスト教の教会では、10%献金というものがある。自分の所得の10%を献金するんです。毎年年初に「あなたの所得はコレコレなので、これだけの献金をしてください」と通知書が来るとか。
- 花田
- 税金みたいですね。
- 矢澤
- 日本の仏教寺院ではそんな制度は全くありませんので、個々の住職が檀信徒と話し合いの中で、会費のようのものを設けてやっている。とてもお金のかからないものだと思いますね。それどころか、最近目立つのですけど、オープンカフェを開いたり、お寺で写経をやったり、会場を設けて落語をやったり。
- 花田
- お寺でオープンカフェもやっているんですか!
- 矢澤
- やってます。しかも、ほとんどが無料なんです。取ったとしても1000円そこそこで、茶菓の接待をやっています。ところが、新しい宗教団体でしたら、怖くて行けないですよ。行ってみると、入信をすごく迫られたりする。
- 花田
- そうですよね。オウム真理教なんかもその口。

- 矢澤
- 伝統仏教はそんなこと絶対しないです。「うちの檀家になれ」なんて絶対言わないですよ。入信を強要しない。
- 花田
- それも不思議ですね。宗教団体なのに。
- 矢澤
- 不思議な団体なんです。ですので、とても安全なんです。座禅を組んで、無料でお茶を接待してもらって、気持ちよく帰る、また来ても来なくても何も言われません。こんなに安全なとこはないですね。
- 花田
- ええ。
- 矢澤
- それもやはり、日本の仏教寺院がこれまでに培ってきた維持力をお坊さんたちがとても気にしていまして、法外な料金を取ったら、自分たちの存在を否定されるんじゃないかという思いがとても強いと思うんです。ですので、大枚なお布施を持ってくる方へも、ある程度警戒をしてやっていると思いますね。坊さんが、お布施をもって遊興に励むというのはごく一部の例でして、じつは、お坊さんも有名な寺院になればなるほど、そんなことをやっている暇はないはずです。例えば有名な京都のお寺の坊さんが料亭で遊んでいるといわれますけど、それは事実その部分を見れば遊んでいるんですが、帰ったらすぐ仕事ですね。そして、起きたら勤行。有名なお坊さんほど大変な交友関係がありますので、仕事が多くなります。そんな楽な仕事じゃないんです(笑)。最近の号で取り上げたんですけど、「お坊さんの不祥事はお寺の責任、または任命している宗派の責任になる」という訴えは、非常に教訓的ですし、新しい時代の風になりますよね。これをどういうふうに乗り越えていくのかというのはとても重要なことだと思います。業務上の過失は賠償の対象になってもお寺としてはやむを得ない。でも、宗派がその損害賠償をしなければいけないかというのは法律的にも大分論議がありますよね。ところが、今回の訴えは、業務上ではないんです。その住職の個人的な不祥事がもとで市民を傷つけてしまった。その賠償責任がお寺にも、任命した宗派にもあるという訴えなんです。全人格的つまり、業務ではなくて住職は全人格なんだと。だから、業務時間、業務外はないんだというのが訴える側の論旨です。乱暴だなとは思いますけど。
- 花田
- はたしてそれが民事の賠償請求まで及ぶかどうか。
- 矢澤
- まあ結論はそのようなことはないと思いますけど、でも、その訴えが起こったこと自体が住職に対する社会的な波が法的にも押し寄せている証拠だろうと。そういう問題があるからこそ、こういう雑誌が必要なんです。
- 花田
- そういうところが非常にジャーナリスティックですねえ。
- 矢澤
- 今後、寺院というものは後継者を育てなければならないと言いましたけど、経済的な基盤を多少考えていかなければいけないというのは、この雑誌の大きなテーマになるのではないでしょうか。
○日本人の宗教的支出は多い? 少ない?