fumimaru51のシヌマデシネマ
【第6回】
ジェイ・ラッセル監督と行く
ジブリ美術館
シヌマデシネマ番外編

前回ご紹介した映画『ウォーター・ホース』のジェイ・ラッセル監督と1月26日にジブリ美術館に行ってきた。このことを書こうと思う。
彼は、このために帰国を1日延ばして、京都一泊旅行の帰りに東京駅から三鷹まで直行してくれた。彼はいささか疲れてはいたけれど、前に僕がプレゼントしたジブリのベースボールキャップをかぶって来てくれた。到着後、外観に沿ってエントランスまで「エクセレント!」「ファンタスティック!」と。美術館のスタッフの方たちも、事前に連絡をしていたので「ジェイ監督ですね! 」と挨拶をしてくれて、ありがたかった。
日暮れ前、16時からの最後の回に行ったので、すばやく屋上に上がり、ラピュタのロボット兵の前で、記念写真。その後順路に戻り、『トトロぴょんぴょん』から土星座で美術館だけで上映されている短編映画『メイとこねこバス』を見た。終了後、最前列真中で見ていたジェイ監督が、忘れられないひとことをつぶやいた。「素晴らしい、もうここから動きたくない、もう一回見たい」と。映画監督としては、やはりスクリーンの前が生きる世界なのだろう。村上龍氏の大傑作『半島を出よ』の中で、ホテルシーホークでの敵とのすさまじい戦闘のさなか、少年たちの一人、カネシロが「こここそが、自分の生きる世界なんだ」と叫んだように。

1960年アーカンソー州で生まれたジェイ監督は、ニューヨークのコロンビア大学で映画を学び、サンダンス映画祭でデビューする。その後『マイ・ドッグ・スキップ』や『炎のレクイエム』などを世に出し、今回ウェタスタジオの協力を得て、『ウォーター・ホース』を完成させた。
そんな、いわば世界的なジェイ監督を、ふつうの会社員の僕がフランクに「Jay-san」と呼び、世界的なスタジオジブリの美術館を案内している。僕は、1955年に四国の高知で生まれ、14才の時に『明日に向かって撃て』(原題:『ブッチ・キャシディ・アンド・ザ・サンダンス・キッド』を見て以来、映画を見つづけてきて、今ここにいる。アーカンソーと高知の同じ価値観をもつ二人が、半世紀強の時をへて、太平洋を越えて知り合った。人生の不思議であり、醍醐味はそういうことだと思う。
人は生まれてからずっと、生きる世界(その人自身が属する社会や組織)での価値観に悩む。でもずっと自分を求めるものを持ちつづけて生きれば、いつかは同じ価値観と出会うこともある。だから陰日なたなく、常に愚直に一生けんめい生きるべきなのだ。それが映画を求めるものとして人生を歩み、『ふつうの会社員のしろうとの映画ファン』であり続けた僕の結論なのです。
美術館の帰り、立ち寄った吉祥寺のお寿司屋さんで、ジェイ監督がいった。
「アメリカでは70年代は、いい映画がたくさん作られると、それをみんなが見に行った。でも今では、アカデミー賞とるほどのいい映画でも、ヒットしないんだ」
ジェイ、日本も同じだよ。だから、いい映画を、君が作るいい映画を、大ヒットさせよう。
いい映画とは「おもしろい、ためになる、大ヒットする」ものなのだから。
今回の映画:『ウォーター・ホース』
【STORY】
父親を亡くした孤独な少年アンガス(アレックス・エテル)は、ネス湖で青く光る不思議な卵を見つける。家に持ち帰った卵から生まれたのは、スコットランドに伝わる伝説の生き物“ウォーター・ホース”だった。成長したウォーター・ホースを湖に放し、アンガスは大人たちの目を盗んで会いに行くようになる。二人は信頼と友情で結ばれ、いつしか互いにかけがえのない存在になっていた。
http://www.sonypictures.jp/movies/thewaterhorse/site/


本名 山崎文雄。52才。会社員。2001年スタジオジブリ鈴木敏夫氏に出会い、『千と千尋の神隠し』でコンビニでの映画タイアップを実現。その後2006年森田芳光監督作品『間宮兄弟』に出演し、2007年には同監督の『サウスバウンド』『椿三十郎』及び犬童一心監督の『グーグーだって猫である』(2008年公開予定)にエキストラ出演。またリュック・ベッソン監督作品『アーサーとミニモイの不思議な国』では声優にも挑戦。
http://ameblo.jp/fumimaru51/
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