

「同録現場でセミを追い払うTプロデューサー」
岐阜県出身。1979年日大芸術学部映画学科卒。学生時代よりフリーランスの制作マンとして映画、TVドラマ、CMの製作現場に従事。83年ヘラルド・エースに入社し、宣伝、製作を担当。バンダイビジュアルを経て、98年アスミック・エースに入社。08年個人事務所『C&P』を設立し、映像プロデュースを続けている。主なプロデューサー作品は『風の又三郎―ガラスのマントー』(90/伊藤俊也監督)、『きけ、わだつみの声』(95/出目昌伸監督)、『キッズリターン』(96/北野武監督)、同監督作『HANA-BI』(98)、『死国』(99/長崎俊一監督)、『黒い家』(99/森田芳光監督)、同監督作『間宮兄弟』(05)、『阿弥陀堂だより』(02/小泉堯史監督)などがある。また、J-movieウォーズに共同プロデューサーとして参加し、『女優霊』(97/中田秀夫監督)、『萌の朱雀』(97/河瀬直美監督)『西の魔女が死んだ』(08/長崎俊一)はじめ、若手監督の初映画作品十数本に係わった。
最終回 また、いつか、どこかで。
半年以上に亘って連載させて頂きましたが今回が最後となりました。連載を始めた6月頃は映画『西の魔女が死んだ』のプロモーションの真っ最中でした。ガソリン代の異常な高騰で、車を使っての外出を控える現象が始まっており、郊外のショッピングセンターに併設するシネコンでの観客数が低迷し始めている頃でした。地方キャンペーンを訪れると、各地の支配人から今年の夏休み興行を心配する声が聞かれました。その夏休み前に公開される『西の魔女が死んだ』は一体どうなるか? と不安になりましたが……。
今年の夏休み興行では『崖の上のポニョ』が大きく貢献をしましたが、それ以外でも、業界が恐れていたほどの不入りとはならなかったようです。ガソリン代の値上がりにより、夏休みの家族旅行や遠出のドライブが減り、より手軽な映画がレジャーとして選択されたのかもしれません。
しかしながら、全体的には上半期の興行は厳しいものでした。一部の会社を除いて、シネコンを展開しているほとんどの興行会社が赤字だったと聞きます。映画館の売上の大きな変化は、館内でのポップコーンや飲み物、キャラクターグッズといった入場料収入以外の売上が激減したことだそうです。この売上は映画館収入の3〜4割を占めています。子供連れで映画館に行けば、お菓子や飲み物、キャラクター関連の玩具などを買うことになり、親は入場料と同じ位のお金を出します。しかも館内の料金はやや割高です。今年に入ってこの入場料以外の支出が確実に減少し始めたそうです。今は、正月興行が始まっていますが、金融不況もあり、おそらく興行各社の3月の年度末決算が劇的に改善されることはないでしょう。閉鎖するシネコンも出てきました。これにはシネコン乱立競争も影響していると思いますが……。
この2カ月間ぐらい、私の携帯に映画のスタッフからよく電話がかかってきます。「仕事がないか?」という内容です。撮影が延期になったり、中止になったりする映画が増えているのです。『西の魔女が死んだ』の製作準備を始めた’07年の初頭はスタッフを確保するのも大変で、カメラ機材さえ国内で調達できずロスから取り寄せたことを考えると、隔世の感があります。不況の影響は如実に映画制作本数に影響しています。映画の製作・配給を本業としない出資者が次々と出資から手を引いています。本業が危ないこのご時世、当然と言えば当然の事態です。あるプロデューサー仲間が「映画興行の歴史を振り返れば、不況の時こそ映画は強い。今こそ映画に投資すべきだよ」と言います。確かに今年の夏休み興行のように映画を手軽な娯楽として、お客さんが映画館に足を運んでくれるかもしれません。しかし、私はこの不況はもっと深刻なものを内包しているように感じています。極端に言えば、映画館にさえ行かなくなるのではないかと。いや、映画を見なくなると言うわけではありません。お金を払って見る映画に対する、お客さんの厳しい峻別が始まると思うのです。ここ数年、日本において大金を投じた大味なハリウッド映画の観客数が減少してきたように、ベストセラーの原作やTVドラマをそのまま映画化したようなもの、人気タレントの起用によるアイドル映画というようなものにお客さんが反応しなくなるのではないかと思えるのです。もちろん、こうした映画がなくなるとは思いません。厳しく質が問われてくるのだと思います。
「映画は体験だ」と私は思っています。広く暗い空間に閉じ込められ、強制的に前方の大きなスクリーンと対峙させられて、見ず知らずの人々と喜怒哀楽を共にして時間を過ごす。私たちの人生の体験と同じように、映画館で映画を見ることが私たちの生きている日々のひとコマになり得るのか? ましてや、お客さんの人生にインパクトを与えられるような映画を創れるのか? それが問われるのではないかと思うのです。現在、私が携わっている幾つかの映画企画も資金集めに苦労しています。こういう社会状況ですから資金難は覚悟していましたが、本当に覚悟すべきはこういう時代にお客さんが見たいと思い、また見て満足できる脚本であるかどうかという判断と決断です。自戒しつつ、この正月興行が活気を呈することを祈りながら年末年始を過ごし、新しい年に備えたいと思います。
稚文ではありましたが、読者の皆さん、お読み頂き本当にありがとうございました。来年になるか、再来年になるか……私がプロデュースした映画を“また、いつか、どこかで”ご覧頂けるならば幸いです。
