チクチャ・チョング
Jikja Chung
東京生まれ。在日コリアン3世。東京調布市のアメリカンスクールを卒業し、ハーバード大学に進学。ハーバード大学卒業後、民放テレビ局のニューヨーク支局及び東京で衛星放送会社勤務を経て、コロンビア大学ロースクールを卒業。その後、ニューヨークにて大手法律事務所の金融部に勤務。’06年、夫の仕事の関係でカリフォルニア州、オレンジ・カウンティー、ニューポート・ビーチに移住。現在、世界に16のオフィスを持つ弁護士事務所のコーポーレート部に所属し、主にM&Aや不動産系ジョイントベンチャー等のプロジェクトに携わる。その他、地域の非利益団体に団体設立やガバナンス等の法律的アドバイスを無償で提供する活動も行っている。ニューヨーク州及びカリフォルニア州弁護士の資格を持つ。
第四回 12人の怒れるイカレテイル男?
2009年5月から日本でも裁判員制度が導入されます。いくつか大きな違いはあるものの、アメリカの陪審員制度(JURY SYSTEM)に匹敵するといっても良いでしょう。アメリカの陪審員制度の歴史は古く、イギリスの植民地時代に遡ります。陪審員によって裁かれる権利はアメリカの憲法にも記されており、アメリカ市民の基本的人権です。
日本では、限られた刑事事件にのみ裁判員が参加しますが、アメリカでは民事訴訟と刑事裁判の両方に陪審員が登場します。刑事事件で容疑者を起訴する決定権を持つ「大陪審」にも市民が陪審員の一員として参加します。陪審員の選任手続や、陪審による審理方法は連邦裁判所と各州裁判所によって異なりますが、基本的に陪審員通知を受け取った住民が、その地域の裁判所に出廷し、最終的に裁判官の監視のもと、被告側と検察側(又は原告側の弁護士)によって陪審員として選ばれます。
アメリカ社会の重要な一部でありながら、アメリカ人の多くが陪審員通知が来るとブルーになり、「どうか最終選考で選ばれませんよーに!」と願うのです。その一番の理由は陪審員として務めなくてはならない期間が予測できないからです。裁判によっては数週間、さらに数ヶ月間に及ぶ場合があり、忙しいこの世の中、長い間会社を休んだり、生活に支障を来たすのを皆避けたいのです。例えば前述の大陪審などに選ばれてしまうと、州によっては1ヶ月の間、毎日裁判所に足を運ぶハメになってしまいます。さらに日本では1日最高1万円ほど日給が支給されるそうですが、アメリカでは連邦裁判所だと1日$40ドル(約4000円)、そして州レベルとなると、例えばカリフォルニアだと初日は無給! 2日目から一日たった$15ドル(約1500円)です。これでは生活も大変です。
▼クリックすると拡大します

切手にも登場している陪審員制度。「誇りを持って務めましょう」と書いてあります。アメリカ社会での重要さを象徴しています。
そのため、何が何でも陪審員になるのを逃れようとアメリカ人はあらゆる言い訳を考えます。私自身ロースクール時代その場面に遭遇しました。学生ひとりひとりが、違うニューヨーク州の裁判官に付き、行動を共にしながら裁判官の実務を学ぶクラスがありました。ある日、陪審員の選考があり、法廷で専属になった女性裁判官の後ろに座っていたら、次々と候補者たちが様ざまな理由で陪審員になれそうもないと言い始めました。いかにも健康そうな20代の男の子が「長時間座り続けることが出来ないナゾの持病があるので、陪審員にはなれない」と、バレバレのウソを裁判官の前で平気で言ってのけたときには、「そこまで言うかー!」と思いました。選考終了後、チェインスモーカーの彼女は、オフィスでいつもの様に煙草を吸いながら(たぶん所内は禁煙だったと思いますが・・・・・・)、トレードマークのハスキーボイスで、「みんなの言い訳には本当にあきれるわ!」とため息をついていました。
▼クリックすると拡大します

日本でも市民が裁判員として法廷でこの様な席に座る日も近いですね。
現役のマンハッタン検事の友達に聞いてみたら、陪審員になるのを逃れるための言い訳などはまだカワイイもの。本当に厄介なのは、陪審員に選ばれた後のケースだそうです。ここで書ける話となると、裁判の途中で実は難聴だったと判明した陪審員や、裁判中被告に随時ウィンクと投げキッスをしていた陪審員など。他にも信じられない話がたくさんあるそうです。
2009年以降、日本でもこの様なエピソードが出てくるのでしょうか?
